第 102 話
「黒蛇!」
「……ハッ!」
イーノ平原の西側に陣を張った第一皇子派閥。
第一皇子から直々に今回の戦いの士気を取るように命じられたウルンパ伯爵は、作戦会議の場で声を張り上げる。
その声に反応し、まるで音を立てず全身黒の防具を身に着けた一人の男が姿を現した。
ウルンパ伯爵が言ったように、彼らの組織は黒蛇という名で、第一皇子のために動く闇の者たちだ。
「今回の戦いで、ユーオーの奴を仕留められるんだろうな?」
イーノ平原を巡って、ウルンパ伯爵とユーオー伯爵は争い合っていた。
大義名分がないため、武力による衝突は起こせないでいたが、今回の2人の皇子による帝位争いは、決着をつける絶好の好機だ。
そう考えたため、ウルンパ伯爵は第一皇子派閥に入ったのだ。
数に勝る第一皇子派閥に入れば、確実にユーオー伯爵を倒すことができる。
そう思っていたウルンパ伯爵だったが、じわじわと第二皇子派閥が押し返してきている。
今回の戦いも、敵の兵はこちらと同等ともいえる数揃えられている。
こちらの兵数の方が勝っているとはいえ僅か。
容易に勝てるとは思えない。
そのため、第一皇子は黒蛇を自分に寄こした。
まともに戦って勝てるかどうかわからないのなら、裏で動いて勝利を得るためにだ。
方法を任せていたウルンパ伯爵は、この場でその説明を求めた。
「えぇ、敵側には我々の手の者を潜り込ませております」
「おぉっ!」
黒蛇の頭領である男は、自分たち組織の人間をユーオー伯爵側の軍に送り込んだことを告げる。
その報告を受け、ウルンパ伯爵とこの場に集まっている貴族たちは笑みを浮かべた。
「しかしながら、敵もさるもの。潜り込めたのは2名のみのため、かなり厳しいものがあります」
「……たった2名だと? それでユーオーの首を取れるのか?」
少しでも多くの工作員を潜り込ませれば、ユーオーの命を奪える確率は高くなるのは当然だ。
しかし、ユーオー側も招集する時、工作員を警戒してある程度兵の身辺を調査するもの。
その調査を潜り抜け、警戒心を上げないようにするためには、あまり多くの者を送るわけにはいかなかった。
そのため、潜り込めたのはたった2名だけだ。
その数を聞き、ウルンパ伯爵は先程の笑みが消えた。
「機を見てユーオー伯爵の命を取るように指示してありますが、数が少ないため、警戒心が薄れるであろう戦いの最中に動くしかないでしょう」
潜り込めたと言っても、さすがに対象の側近になることまではできなかった。
側近でない者が指揮官に近付くとなると、戦時中の喧騒に乗じるしかない。
そのため、黒蛇の頭領は、いつユーオー暗殺が成功するか分からないことを告げた。
「大丈夫なんだろうな?」
「我々の組織の者ですから実力は確かです。最悪でも相打ちに持ち込むでしょう」
潜り込んだ人間からすると、周囲は敵の兵で溢れている状態だ。
そんな状況で、ユーオー暗殺をおこなうのはかなりの難関だ。
暗殺に成功したとしても、生きて戻ってくることは不可能。
死ぬ覚悟を持って潜り込んでいる以上、彼らは無駄死にならないために全力を尽くすはずだ。
そのため、ウルンパ伯爵の問いに対し、黒蛇の頭領は自信ありげに返答した。
「フンッ! お前らのような裏組織の人間の命を賭けたとしても、成功するとは思えんがな……」
この中には、黒蛇が第一皇子の右腕と呼ばれているのが気に入らない者もいるらしく、頭領の男が姿を現した時からずっと不機嫌そうにしていた。
いくら黒蛇の者たちの戦闘力が高いといっても、たった2人で何ができるというのか。
そう言った思いから、その貴族は蔑んだように呟いた。
「……勘違いしないでもらいたいが、我々は第一皇子の命で動いているのであって、あなた方のために動いているのではない」
「何っ!?」
見下すような貴族の言葉に、黒蛇頭領の声のトーンが僅かに下がる。
自分たちが仕えているのはあくまでも第一皇子であって、それ以外の人間に嘲られる謂れはないということを伝えると、先程蔑んだ貴族の男は眉間に皺を寄せて椅子から立ち上がった。
“スッ!!”
「っっっ!?」
立ち上がった貴族の男が、腰に差していた剣に手を掛けるが、その剣が鞘から抜かれることはなかった。
なぜなら、黒蛇の頭領が消えるように動き、いつの間にか貴族の男の背後に立って短剣を首に添えていたからだ。
「軽口は叩かない方が良いですよ。戦いが始まる前に死にたいのですか?」
「……くっ!」
黒蛇の頭領は、貴族の男の耳元で囁く。
全く反応できず、自分との実力差を思い知った貴族の男は、大量の冷や汗を掻きつつ歯を食いしばる事しかできなかった。
「……と、ともかく! この戦いに勝利するために、ユーオー暗殺に全力を尽くせ!」
冒険者ならA級クラスの集まりと言われている黒蛇。
しかし、先程の頭領の動きは、とてもA級どまりと思えない。
彼のその実力を目の当たりにし、ウルンパ伯爵をはじめとするこの場の貴族たちは、敵でなくて良かったと安堵しつつも、扱いを間違えればいつでも自分たちの命はないことを悟った。
凍り付いた場の空気を収めるために、ウルンパ伯爵は無理やりに会議を終わらせることにした。
「分かりました……」
自分たちを嘲る者たちに釘を刺せたことに満足したのか、頭領はウルンパの指示に素直に従うように返事をし、この場から去って行った。




