第 100 話
「おいっ! 例の件はどうなっているんだ!?」
「……ハッ!」
ハンソー帝国内の帝城。
城の玉座に座り、苛立たし気に声を上げる男。
それに対し、その男の前で片膝をついた男が、下げていた頭を上げて返事をする。
玉座に座るのは帝国第一皇子のカスパーロ。
返事をしたのはデルフィーノという名で、カスパーロの右腕となる組織の頭領をしている男だ。
両者共に30代前半といった容姿をしている。
「……申し上げにくいのですが、何組もの家族を攫って尋問を繰り返しつつも、目的の者たちの発見に至っていないとの報告を受けています」
「……チッ!」
先程言っていた例の件とは、カスパーロの命によってカンリーン王国内で誘拐事件を起こしているデルフィーノの部下たちのことだ。
顔を上げたデルフィーノは、部下から受け取った報告をそのまま返答する。
返答内容だけでも苛立たしいというのに、デルフィーノのその無表情が更に逆なでする。
しかし、彼にとって無表情が通常。
そのことが分かっているだけに、カスパーロは文句を言うこともできず、舌打ちをするしかなかった。
「申し訳ありません……」
言葉とは裏腹に、デルフィーノの表情は変わらない。
「……南の戦況はどうなっている?」
デルフィーノの表情に内心苛立ちつつ、カスパーロは話を変える。
現在行われている内乱の状況だ。
「我が軍の方が優勢との報告を受けていますが、油断ならない状況です」
内乱の開始時、数の有利によって第一皇子派優勢の状況だったが、時が経つにつれて状況は第二皇子派が巻き返してきた。
今の状況はまだ第一皇子派が優勢といったところだが、第二皇子派の勢いを考えると、その状況も時間が経てばどうなるか分からない。
そのことを、デルフィーノは冷静に話す。
「くっ! あの忌々しいクソ野郎が……」
父である皇帝が死んで、当然自分がその座に就くことを決めた。
しかし、帝位に何の興味もなかったはずの弟がそれに異を唱え、内乱が始まることになった。
元々兄弟仲は悪かったこともあり、この機に始末するのも一興。
ついでに自分の抵抗勢力も潰すこともできる。
まさに一石二鳥。
そう考え、カスパーロとしては内乱は願ったり叶ったりと言ったところだった。
自分に付く貴族の方が多い。
弟派閥の人間なんて、数に物を言わせればすぐに握りつぶせると考えていた。
そう思った通り、最初優勢だった戦いも次第に押し返されることになってしまった。
抵抗を続ける弟に、カスパーロは憤懣やるかたないといった様子だ。
「ベーニンヤの所為によるところ大きかったですね……」
内乱初期の第一皇子派の優勢は、ベーニンヤの活躍が大きかった。
隣国のある程度実力ある冒険者を攫い、奴隷化して自軍の戦力とするベーニンヤの策略。
外道の所業ともいえるが、自分たちが勝ちさえすればどうでも良い事として放置していた。
活躍をそのままに、第二皇子派閥の壊滅を期待していたのだが、ベーニンヤ軍は突如として弱体化した。
これまでの活躍を完全に無駄にするように、ベーニンヤ軍は完全敗北を喫し、第二皇子派閥の現在の勢いを生み出すきっかけになってしまった。
デルフィーノは、冷静に自分の分析をカスパーロに話した。
「潜入した奴らに、急いでガキを見つけさせろ!」
「他国へ潜入しての活動は目を付けられないように注意を払わなければならないため、これ以上の速度を上げるのは難しいかと……」
このまま内乱が長引くと、状況をひっくり返されることになりかねない。
そうならないためにも、第二皇子の子供を見つけ出し、人質として利用するしかないと考えたカスパーロは命令を下す。
黒髪黒目の赤ん坊なんてどれだけいるか分からない。
急いで事を起こし、隣国の軍やギルドに目を付けられては、いくら自分たちでも行動を起こすことに支障が出る。
そのため、デルフィーノは冷静に返答した。
「くそっ!! もういい下がれ!!」
「ハッ!」
帰ってきた正論に、言い返す言葉が浮かばないカスパーロは、声を荒げて退室するようにデルフィーノに命令する。
怒りに満ちた表情を向けられてもどこ吹く風と言わんばかりに、デルフィーノはその命令に素直に従い、玉座の間から退室していった。
「……頭領。よろしいのですか?」
「……言いたいことは分かるが仕方がないだろう? 我々はアレに付くと決めたのだから……」
玉座の間から出て、地下にある自分たちの拠点に戻ったデルフィーノ。
その室内には4人の男がテーブルを囲んで椅子に腰かけており、その中の1人が室内に入ってきたデルフィーノに話しかける。
彼らの言いたいことは分かる。
自分たちが、アレ(第一皇子)についていて大丈夫なのかということなのだろう。
しかし、それを言っても何もできない。
「我々は両者を見誤ったかもな……」
「アレが、まさか思っていた以上に狭量で、奴がこれまで有能だったとはな……」
「全くです……」
先程デルフィーノに問いかけた以外の3人が順番に呟く。
アレ(第一皇子)に付く貴族の数を考えれば、奴(第二皇子)の派閥なんて大した脅威になるはずがないと思っていたからだ。
それなのにこの状況。
分かっていたとはいえ、アレ(第一皇子)の才の無さに、頭を抱えたいといったところだろう。
「しかし、今更鞍替えできるわけもない。無茶を言うようだが、カンリーン王国内に潜入した者たちにできる限り急ぐように言うしかないな……」
「そうですね……」
今の状況で自分たちが寝返れば、第二皇子派閥が勝利することは間違いない。
しかし、第二皇子派閥が自分たちを認めるわけがない。
もしも受け入れて第二皇子派閥が勝利したとしても、自分たちの組織が優遇されることはないだろう。
それどころか、いつまた裏切るか分からないと始末される可能性すらある。
そんなことにならないためにも、自分たちはカスパーロを勝たせるしかないのだ。
そのためにも、カスパーロの言うように、第二皇子の子供が匿われていると思われるカンリーン王国内に潜入した仲間に、デルフィーノたちは事を急ぐよう指示を出すことを決めた。
だが、彼らはまだ知らなかった。
仲間たちが、1人の男によってすでに捕縛されてしまったということに。




