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酒場にて

 さてさて、とにもかくにもなんかクエストを受注しないとね。

 後ろの方では先ほどの失礼極まりない男がほかの冒険者たちからタコ殴りにされていたけれど、ギルドの職員が止めに入ったのか静かになっていた。

 だからしつこい男は嫌われるっていうのよ。

 クエスト掲示板を眺めていると周りにいたほかの冒険者の誰かがあたしの噂話をした。

 「さっきの女の子、歌を歌ったら男が吹っ飛んだんだよな。いったいどういう魔法なんだ?」

 そのほかにもひそひそと数人くらい噂話はしていたけど、残念ながら話しかけてくる人はいなかった。

 残念だなぁ。せっかく【歌魔法】を披露したのに噂話程度にしかならなかったか。

 やっぱりここでパーティ仲間を見つけるのは難しそうね。

 軽くため息を吐きながら様々なクエストを見ていく。

 『キラーラビットの討伐クエスト』

 『ラビッツの森で毒大蛇の捕獲クエスト』

 『アサの森の神聖な泉に時々宿るアサの精霊石の採取クエスト』

 アサの森での採取クエストかぁ。

 確か話によるとアサの森っていう森はどの時間に行っても明るい場所だって聞いたことがあるなぁ。

 そこの精霊石を採取してくればいいんだよね? これならあたしにもできそうだね!

 どんなクエストを受注するかでその人の冒険者としての素質が分かると言われている。

 冒険者ギルドは冒険者がどのクエストを受注するかは自由にしている。

 あるクエストを受注して自分たちに見合わない強さのクエストで命を落としたらそれはその人たちの力がそこまでだったということになる。

 一見優しいようで厳しいところもあるけれど、冒険者として生きていくには自分の力を見誤らないようにするためにそうしているんだとか。

 うーん、世の中厳しいものだなぁ。

 まあ、冒険者ギルドはいたるところにあるわけだから厳しかったり優しめだったり色々とあるのだろうけどね。

 あたしにも仲間がいればもう少し難しそうなクエストも受注できるのかもしれないんだけどな。

 まあ言ってても始まらないし、ほかの人にこのクエストを先越されるわけにもいかないから早くしないとね。

 というわけで『アサの森の神聖な泉に時々宿るアサの精霊石の採取クエスト』を受注することにきめたのだった。


 あたしが今いるのは、ユグドーラ国といって結構な大きさの国の中なんだ。

 そのユグドーラ国のマブダレーナ地方というこれまた結構な大きさの地方にいるわけなんだけど、そのマブダレーナ地方のトレント領という大きな領土の中にさらに大小さまざまな領土が存在している。

 そのトレント領とためを張れる大きさを持つタカム領との境にある小さな町、ナズ町はこの大きさでよく冒険者ギルドがあるなと思うほど人口も少ない町なのだ。

 冒険者ギルドがあり、冒険者が立ち寄るから成り立っているといっても過言じゃないかもしれないな。

 とにかく、明日にでも隣のタカム領に入りたいしそろそろ宿で部屋をとって休まなきゃ。

 夕方になると、露店や出店は早々に店じまいをはじめ、薄暗くなるころには人通りもほとんどなくなる。

 その反動というのか小さな酒場はこれから客の入りが多くなり、夜遅くまで町の人や旅人、冒険者といった人たちがバカ騒ぎに近いほどの大盛り上がりを見せる。

 小さな町の一軒だけしかない酒場だから仕方ないのかもしれないけれど、近所の人たちは大丈夫なのかなぁ。

 あたしはというと、そんな人たちに絡まれないようにするためにカウンター席へとこそこそと移動する。

 小さな町や村では酒場と宿屋が一緒だったりするところはけっこうあることなんだ。

 ここも例にもれず酒場兼宿屋になっているわけなの。

 後ろの方ではすでにお酒を飲んで出来上がっている人たちが、男も女もわあわあきゃあきゃあと大騒ぎになっていた。

 う~む、頼むからこっちまで絡みに来ないでよね~!!

 まあ一番怖いのは客同士で喧嘩が始まってしまう事なのよね。

 特に力も有り余っている冒険者なんかが喧嘩を始めてしまうとほとんど止めることが出来なくなる。

 でも酒場の主人もそんなの慣れっこなのか、バカ騒ぎも大喧嘩も始まったとしてもあまり気にも留めないようだ。

 う~む、さすが肝が据わりきっているなぁ。 

 まあね、小さな酒場にこんなに人が来てくれるんなら死人が出ない限り主人も止めに入ったりはしないんだろうな。

 カウンター席に座ってメニュー表を見る。

 あたしがいつも注文するのは店で一番安いメニューなんだ。

 お金の節約はどうしても必要だし、何かあったときのためにちょっと多めにもっておかなきゃならない。

 一番安いメニューを見ると、『野菜のごった煮スープ』というメニューが書いてあった。しかもランチタイム限定焼き立てパンとカットフルーツ付きと書いてあった。

 やった!! パンとフルーツまでついてるなんて嬉しいぞ!!

 早速厨房にいるおかみさんに注文する。

 「すみませーん! 注文お願いしまーす!」

 なにしろ後ろがうるさいのでどうしても大声を出さないと相手も聞こえないのでしょうがない。

 すると厨房の奥から丸々と太ったおかみさんがエプロンで手をふきながらやって来てくれた。

 「はいはい注文だね! いやいやかわいらしいお客さんだね! ご注文は何だい?」

 おかみさんも負けず劣らず大きな声でオーダーをとる。

 「この『野菜のごった煮スープ』をお願いします!」

 「はいよ! ちょっと待ってなよ!」

 そう言うとまた厨房の奥に行ってしまった。

 そろりと周りの様子を見てみる。

 酔いつぶれてテーブルに突っ伏している男の人。

 女の冒険者を両方に座らせて大笑いしながらお酒を飲んでいる男の冒険者たち。

 酔っぱらって大騒ぎをしている女をなんとか抑えようと奮闘する男。あれはカップルなのかな?

 実に様々な人たちがいるけれど、何かの拍子にバカ騒ぎから大喧嘩にならないかとこっちは冷や冷やものだ。

 そわそわと周りを見ていると一人の酔っぱらいが酒瓶片手に隣の椅子に腰かけてきた。

 慌てて酔っぱらいがいる方向と逆の方向を見る。

 「よう兄ちゃん一人かい? せっかくこんなに盛り上がってるってえのに酒の一口も口にしないたあしけてるじゃねえかぁ。え? おい、ヒック」

 え?

 今この人なんて言った?

 兄ちゃんって言わなかった?

 ぎょっとして酔っぱらいの方を見ると酔っぱらいも少し目を見開く。

 「なんでえ、女みたいなツラしてるじゃねえか。まあいいや、一杯どうだい。なかなかうまい酒だぜ?」

 酔っぱらいはさらに勘違いしているのかあたしの横に置いてあったからのグラスに酒を注ぎ始めた。

 「あの、なんか勘違いしてるみたいだけどあたし女なんだけど。おじさん見てわかんないの?」

 多分あたしの顔は引きつっていたと思う。

 すると酔っぱらいはおもむろにあたしの胸を見てきたのだ!!

 「ああ!? 女だあ!? その胸でかあ!?」

 ドス!!

 あたしの心にマイナス百のダメージが入る。

 「おいおい面白いこと言うなあ。なんだお前その胸で女だっていうのか? まっ平じゃねえかよ。ほほーん、まあ確かに顔は女だなあ。そうかいそうかい、かわいそうになあ。胸には恵まれなかったのかい。こいつはかわいそうだなあ。ぎゃはははは!!」

 あたしの心に痛恨のダメージが入りまくってるっていうのに酔っぱらいは容赦なく笑い飛ばしてきた。

 あたしの唯一にして最大の悩みである胸の大きさを笑い飛ばしておいてただで済むと思わないでほしい。

 そお。

 あたしは胸の小ささでもかなりの悩みがあるのだ。

 ほかの女の人たちの豊満な胸を見るたび自分の胸の小ささが嫌というほど突き付けられてダメージが入っているんだよね。

 それをこれ見よがしにぎゃはぎゃはと笑われると我慢するのがどれだけ大変なことか。この酔っぱらいは全く分かっていない。

 まだ馬鹿みたいに笑い転げている酔っぱらいに向かってあたしは引きつった顔で言う。

 「おじさーん、あたしこれでも一応女の子なの。あんまりそうやって笑い飛ばされるのは嫌なのよね。そろそろ馬鹿笑いするのもやめてくれない?」

 「ああ!? なんだってえ!? よく聞こえねえなあ、もっとでかい声で言ってくれなきゃ聞こえねえぞお!? だはははは!!」

 酒が入ってるってのは分かる。分かるけどやっぱりね、我慢の限界ってものはあると思うのよね。

 とりあえずは、と。

 「おかみさーん、注文しておいてなんだけど注文取消しでお願いしまーす! あと部屋代とお詫び金ここに置いておくんでよろしくーー!!」

 これでいいだろう。

 さてさて、そろそろお仕置きの時間かな。

 あたしは隣でまだ笑い続けている酔っぱらいの腕にそっと手を置く。

 やれやれ、昼間と同じ魔法を使うことになるとはね。

 「【歌魔法咲き誇るは美しき花しかし軽々しく触れるならば大きな痛手を負う跳ね飛ばしの歌】」

 小さな声で歌ったとたん酔っぱらいは弾き飛ばされ後ろで大騒ぎをしていた人たちの方へ突っ込んでいった。

 とたん酒場の中は大乱闘へとゴングの鐘が鳴る。

 「てめえ!! こっちがうまい酒を飲んでるってえのに邪魔してんじゃねえ!!」

 「ちょっとお!! 痛いじゃないのよ! こっちまで巻き込まないでよね!!」

 あたしが弾き飛ばした酔っぱらいが袋叩きになったかと思うと、その騒動が気に入らない連中も大声を上げる。

 「うるせえ!! こっちは静かに酒を飲んでんだ!! 騒いでんじゃねえ!!」

 「なんだとお!? うるせえんだよ! やっちまえ!!」

 かくして、あたしが恐れていた事態をあたし自身が引き起こしてしまったのだった。

 まあこれ以上騒ぎを大きくするわけにもいかないし、店に迷惑をかけるわけにもいかない。

 ので、ここはもう一つ魔法をかけておく。

 「【歌魔法さあ我らの声を聞いておくれ耳を塞ごうともそれは聞こえるはやしたてる力は衰え汝らはもはや動く力もない無気力の歌】」

 歌を歌い終わるとそれまで大乱闘をしていた人たちが途端にピタリと動きを止める。

 「なんだあ? いきなりどうでもよくなってきたぞお」

 「おれもだ。なんか騒ぐだけ無駄になってきたぜ。やめだやめだ、めんどくせえや」

 ふう、よかったよかった。さすがにこのままにはしておけないもんね。

 今の歌魔法の効果は、敵たちのやる気を抜き取り無気力にするというまあ歌の題名そのまんまの魔法なの。

 これで大乱闘は終わらせたしこれ以上店に迷惑をかけることもない。

 あたしはふうっと一つため息を吐くと、その場からはなれ宿の部屋がある階段へと歩き始める。

 それにしても腹が立つったらないわね。人が一番気にしていることをずけずけと言うばかりか馬鹿笑いまでしてくれちゃってさ!

 まああたしもやるだけのことはやったし喧嘩両成敗ってことでいいかしらね。

 さてと、明日に備えて寝なくちゃね。

 すっかり暗くなった窓の外を見てあたしは宿の部屋へと向かったのだった。

 あー、お腹すいた。

 


 


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