第九話 差し引きマイナス
俺はイブの後ろをズカズカと付いていきながら考える。
確か俺は手足が変な方向へ曲がっていたと聞いた。と、言うことはきっとエルスが治してくれたに違いない。
もしそうならば会ったら真っ先に感謝しなきゃいけねえな。
「ここなの」
イブがぴょんぴょんと跳ねながら教えてくれる。可愛らしいのだが跳ねるたびに杖が床を貫くのでそろそろ辞めて欲しい。
まあ、そんなこんなで着いてしまった。気恥ずかしいが救ってくれたことは確かなんだしやっぱりまずは感謝だよな。
「よし…」
俺は扉に手を掛け、いざオープン!
「ゔッ!これで僕はさらなる高みえへ‥‥グ‥うぐ‥ゲェ…」
「や、やめてくださいよ!そ、そんな苦しんでる顔見たら‥‥うひ‥うへへへ―――」
バタン。
俺は気付かれぬようドアをそっと締めた。
「逃げ道はないの」
「嫌だよっ!俺、今の奴らとパーティー組んでやってける自信ねえよ!」
理解不能な状況に早速感謝の気持が吹き飛んだ。ここまで運んでくれた事で少しは見直してたんだけどなあ。
完全に差し引きマイナスである。
「んーん!おにーさんなら出来るの!」
「ったく、何を根拠に‥‥」
「戦ってる時、凄くいっぱい助けてもらったの!イブは凄く助かったの!」
イブは俺の服の袖をギュッと掴み、上目遣いで言ってくる。
幼女の特権をこれでもかと駆使してきているため、逃れる選択肢なんてものはもう存在しない。
それどころかイブの柔らかい感触を味わうという新しい選択肢が出現した。
「イブ‥‥!」
「だから‥‥一緒に行こ?なの」
「いや、それは嫌だけど」
「の?」
イブが口をぱっくりと開け、なんで?と言いたげのようにポカーンとしているが正直俺は間違ってないと思う。
よく考えてほしい。部屋に入ったら食べかけのパワーアップルを持った男がうめき声を上げながら倒れていて、その様子をハァハァとヨダレを垂らしながら見ているシスターまでいる。
常人が関わるような環境じゃない。
「いいか?こんなときはスルーするのが一番だ。関わっちゃいけねえ」
「分かったの、でも‥‥」
「関わらなければ何も無い。大丈夫だ」
ここぞとばかりに念を押す。他があれなんだ、せめてイブはだけでも真っ当な人間に育ててあげよう。俺は心の中でそう決める。
「ん!おにーさんが言うならそうするの」
「よし、いい子だ。見つからない内にふたりで夕食でも行くか。すぐに見つか――」
そして、扉に背を向け歩き出そうとした時だった。
「そうだね。僕としてもそろそろお腹が空いてきたところだよ」
「‥‥‥?」
俺は何が起こったのか理解が出来なかった。
「どうしたんだい?さらなる高みへ上った僕に恐れ慄いているのかい?」
「いや、‥‥‥‥今どこから出てきた?」
そうだ。俺は今、あの悍ましい部屋の中を見てきっちりと扉を閉めたはず。
「勇者に常識なんてものは通用しないさ」
解答にまるでなってない。
「ワタルさん酷いじゃないですか!もしかして私達を置いていこうとしたんですか!」
そして気付けば横にいるエルス。
「‥‥幻覚、いや、実は死んでて―――」
「よく分からないが過去の僕は死んだよ。覚醒勇者ハクヤとでも呼んでくれたまえ」
「あ、なら私は麗しき覚醒の美少女とでも呼んでくれて構わないですよ!」
もはやこんな奴らとパーティーを組むなんて夢であって欲しい。
結局考えるのを放棄した俺は四人で宿の食事へと向かうのだった。
「俺達は仲間のことを深く知らなければいけないと思うんだ」
この町特有の小鳥料理が盛大に並ぶ中、机をバンッと叩き立ち上がる。
これを提案したのは他の誰でもなく俺だ。
呪いを解くまでこの四人パーティーでやっていく以上、お互いの事を把握しておくことは大切だろう。といった判断だ。
「深く‥‥ですか?なんか卑猥ですね」
控えめに言って捕まってくれ。
「まぁ、せっかく町に着いたんだしで改めて自己紹介をしたいと思う。エリーズでは名前ぐらいしか聞けなかったからな」
細かく知ればどうにか操る事が出来るかもしれない。毎回の旅があれじゃあそのうち死者がでるからな。
実際今回も重症者2名だ。
「ふむ、僕は賛成だね。勇者として君達を守る役目がある」
「原因はお前だろうが、ぶっ殺すぞ」
「ちょ、宿の中なんですから!」
周りのお客さんの目がこちらを不安そうに見つめる。
冒険者という職業は元々腕に自信がある人しか選ばない。そのため勿論冒険者には気性の荒い人も比例して多い。
そんな冒険者のパーティーが宿で『ぶっ殺すぞ』などと発言したのだから不安に思うのは無理もない。
俺は冒険者じゃねえけどな。
「もう!少しは発言に気を付けてください!小さい子もいるんですから!」
「イブはすぐにおっきくなるの!エルスさんみたいにボインボインのたゆんたゆんに!」
どうやら、たゆんたゆんエルスの発言がイブの子供ならではの心をえぐってしまったらしい。
会話がまるで進まないな。
「ま、まあそのことはもういいだろ?それより早く自己紹介を頼むよ」
「よかろう。ならば僕から自己紹介をするとしよう」
するとハクヤは先程から頬張っていたスズメの丸焼きを飲み込むと背中の大剣に手を伸ばし、その大剣を床に突き刺す。
そろそろ宿の床が半壊するんじゃねえかな。
いや、そんなことより宿の皆様、驚かせてしまい本当に申し訳ございません。
「僕の名前はシドウハクヤ。この世界を救うために女神様に召喚された勇者――」
「よし待った。トイレに行ってくる」
俺は逃げるように宿のトイレに向う。しかしもちろん本当にトイレに行きたいわけではない。
「‥‥‥はぁ、」
反応に困るからだ。初めは流行りの勇者に乗っかった冗談として受け取っていたがここまでガチだと正直反応に困る。
まさか本当に勇者だったり――
「おい?聞いたか?アルマリーゼの勇者様が最近、未踏破のダンジョンを攻略したらしいぞ?」
「おいおい、まじかよ!この調子なら魔王も倒せるんじゃないか?」
そんな中、ふとそんな会話が聞こえてくる。
‥‥まあ、分かってはいたがハクヤが勇者なんてことはあり得ねえよな。
しかし謎の設定まで付いてるとは随分厄介だな。完全に自分が勇者だと信じてやがる。
病気?
あり得るな。勇者に憧れるあまり、遂には自分が勇者だと思い込んでしまったみたいな感じで。
‥‥そう考えたらなんだか少し可哀想になってきたな。少しだけならハクヤの望む勇者ごっこに付き合ってやろう。
俺は心の中でそう呟き、パーティーの元へ戻るのだった