第六話 105匹オオカミ君との死闘
「グギャアアアアアアアッッ!!」
105匹オオカミ君が雄叫びをあげ、その衝撃が俺達の間を吹き抜けていく。
「凄い迫力だな…。おいハクヤ、お前が呼んだんだからお前が丁重に対応しろよ?」
「笑わせないでくれたまえ。こんな犬っころ如き僕の敵ではないさ」
犬じゃねえよ。どう見てもオオカミだよ。
「エルス、一応聞いておくが、こいつの討伐適正難易度は?」
「確か、Bランクだったはずです!」
「ちなみにお前たちは……」
「Eです」「Eなの」「Eだね」
なるほどね。
それを聞いて、取り敢えずやる事は一つだろう。俺は人が一人入りそうな穴を掘り始める。
「‥‥何をしてるんですか?」
「‥‥何って、お墓を作ってるんだが?」
「私達死ぬんですかッ!?」
「うるせえ!当たり前だろ!討伐難易度Bランクのボスモンスター相手にEランク冒険者と戦闘力皆無な旅人で何をどうしろってんだ!」
その言葉を聞くなり、イブが腕を引っ張ってくる。何か言いたげな様子だな。
「どうした?」
「イブに任せてほしいの!」
‥‥ふむ。
「任せてほしいって言ったって作戦はあるのか?ハクヤを囮にだったら俺も考えたが逃げるので精一杯だぞ?」
「流れで僕を囮にするのはやめてもらおうか」
無視。
「イブならあれと戦えるの!」
弱気な俺に対して不思議なくらいに自信満々なイブ。
今この状況でクソ猫に言われた『腕はSランク』という曖昧なものを信じて良いのだろうか?
‥‥いや、信じるか信じないかじゃないな。この状況で逃げられる保証もない。
「道は一つか…」
俺は一つの希望に賭け、拳を握りしめる。
「よし、イブ!ムーンスラッシュ以外で戦ってくれ!ハクヤとエルスが援護する」
「分かったの!」
嬉しそうに杖を構え、『のー!』っと可愛らしい掛け声と共に飛び出していく。
さてボスモンスターさん、お待たせして申し訳ございませんでした。
俺達のチームプレイをとくと見やがれ!
「グぅ…グルッ!?グルァァァァァァッ!!!」
‥‥結果的から言えば特にチームプレイなんて必要は無かった。予想以上にイブは強かったらしく、体のオオカミを一匹一匹順調に処理していく。
一つ不満があるとすれば、オオカミが苦しそうにうめき声を上げ地面にボトボト落ちていく様子が恐怖以外の何物でもない、というだけ。
そんな中ハクヤとエルスが声を上げない以上やはり冒険者はこういうのに慣れているのだろうか?
少し気になってエルスの方ををチラっと見てみ―――!?
「はぁ…はぁ…ん!くぅ……いい…です…」
エルスが地面に打ち付けられるオオカミ達を見ながら指先を口に加え悶ている。挙げ句の果てに相当興奮しているようでくちゃくちゃと唾液の掻き混ぜられる音まで聞こえてくる。
‥‥見なかったことに出来ねえかな。
「はぁ…ん!ん?は!ど、どうしたのでしょうか?な、何か?」
こっち向いちゃったよ。どうすんだよ。
「べ、別に魔物の死に際に放つ声に興奮してた訳じゃ無いんですよ?」
性癖開示をありがとう。けどいろんな意味で終わりだよ。あんただけは変な事もせず、ただ優秀なままでいてくれると思ってたんだけどなあ。
「‥‥取り敢えず、指先拭いてくれ」
「あ、ありがとうございます…」
俺はポケットにあったハンカチを渡し、半強制的に話を終わらせる。
「何処かに普通の冒険者はいねえのかな…」
イブが105匹オオカミ君を切り裂いていく様子を見ながらそんな事を呟いてしまう。どうにも昔から俺と関わる人は変な人が多いらしい。
「あの幼女に任せても良さそうだが僕ならばもう終わってたね。その点、彼女は未熟と言わざるを得ない」
ほら、変な人が話しかけて来た。
「だったらすぐに魔法を打ち込めばよかったじゃねえか。お前、オールマジシャンなんだろ?それぐらい出来るんじゃないのか?」
「それはそうだがそれでは物語に華がないじゃないか。物語とは――」
変なことを言い始めたがそれよりそんなとこにいたら‥‥俺は斜め空中を見上げ少し横にずれる。
「倒れていく仲間たち、そんな最中に僕という存在が真の力を発揮し――ッ!?」
見事飛んできたオオカミの死体が直撃。丁度、オオカミの口の中にすっぽりとハクヤの頭が収納される。
「‥‥‥」
ふむ。生死確認のため、つんつんと足を突いてみる。
いや、流石にな?
‥‥良かった…動かない‥‥動かないっ!?
「エルース!うおおい!?回復ううううううう!!
ハクヤがあああああ!!!血があああああ!!」
「い、いいんですか?本当に回復魔法使っても?」
「バカっ!俺も護衛を見殺しにするほど人でなしってわけじゃねえよ!早く回復してやってくれ!」
「は、はい!」
エルスが手を合わせた途端、足元に魔法陣が浮かぶ。
「いきます!エリアヒール!」
エルスがハクヤに手をかざす。すると光は辺り一帯を包み込み、あっという間にバックリとハクヤの頭を包み込んでいたオオカミの体が光の粒子となって消していった。
そして次第にハクヤの頭の傷もみるみるうちに治っていき数秒後、無事目を覚ました。
「‥‥凄いな、あっという間に…」
これには驚きを隠せない。なぜなら普通の冒険者では回復魔法を仕様することが出来てもここまでの速度で回復させることは困難だからだ。
「おお!流石Sランクレベルなだけあるな!」
ここぞとばかりに褒めちぎる。
「いやぁ、それ程でも…」
‥‥?歯切れが悪い。大して嬉しそうでもないな。
そんな不審がる俺の肩をハクヤが叩いた。
「‥‥ボスモンスターを見たまえ」
すっかり回復したハクヤに言われ105匹オオカミ君に目を向ける。少し時間も経ったことだしそろそろ終わっている頃かも知れないな。
と、目を向けた先には衝撃的な光景が映った。
「グルルルァァァァァァァァァァッ!!!!」
「まだまだ元気‥‥いや、回復した?」
目の前にはすっかり元気そうな105匹オオカミ君と飽きたと言わんばかりの目でこちらを見るイブの姿。
「お、おい!これじゃ不味いだろ!なんでアイツ回復してんだよ!」
「あ、あの、それは‥‥」
エルスが目を逸らす。こいつら都合が悪くなるとすぐ、目を逸らしやがるな。
「わ、私の回復魔法は…普通のシスターと比べてかなり効果が高いです」
「そこまでは知ってる。で?」
「追加効果で敵も回復させます」
あら優しい世界、とはならない。
「そんな馬鹿げたヒーラーがいてたまるかっ!」
「そ、その代わりもう一回あの光景が見られるんですよ!想像しただけで、じゅる……」
これもう駄目だろコイツ。ハクヤと一緒に捨てていくのもアリなんじゃないか?
「まあまあ落ち着きたまえ。依頼主」
先程オオカミの死体にバックリといかれたクソザコ自称勇者がなだめてくる。
「落ち着いていられるか!イブも流石に疲れてそうだしこのまま食われちまうぞ!」
「だ、大丈夫です!105匹オオカミ君は何故か草食です!食べられる事はありません!」
違う、そうじゃない。
「せっかちな依頼主様だね。‥‥ふむ、ならば任せたまえ。僕が一撃で終わらせてあげよう。あの幼女をどかしてもらえるかい?」
「‥‥命令されるのは癪だがそんなに自信あるならやってみせろよ!おいイブ!戻ってきてくれ!今からハクヤが魔法を打ち込む!」
ギリギリ声が聞こえたようで、イブがこちらに手を振ってサインを送ってくる。
そしてその直後イブは杖で105匹オオカミ君の足元を削ぎ時間を稼いで帰ってくる事に成功。
「よくやったぞイブ!よし!あとは任せるからな!いけええええ!!ハクヤ!」
俺は戻ってきたイブを抱きかかえ、ハクヤに命じて後ろに下がる。
「言われなくともッ!ゆけ!」
105匹オオカミ君の周りを黒い煙が覆い、目の前にどでかいルーレットが現れた。
当たりと書かれた白いパネル、そしてハズレと書かれた黒いパネル。
「‥‥なんか嫌な予感がするんだけど」
「甘いですね。私は凄い嫌な予感がします」
「なのなの!」
当の本人は乗り気みたいだがな。
ハクヤはこちらにムカつく笑みを見せると次の瞬間、手を振り下ろす。
「ふっ…『デッドチャンス』」
ガキィィン!甲高い音とともにルーレットが回転。遂には2周ほどして「当たり」という欄へ矢印が止まる。
「‥‥当たり?」
俺がそう口にした瞬間だった。
105匹オオカミ君の体に煙から唐突に現れた謎の黒い槍が勢いよく突き刺さる。そしてそのまま僅か数秒断末魔をあげるも逃げ道は無く、105匹オオカミ君の身体は光の粒子となって消えていった。
その衝撃により口をパクパクとさせる俺に対しハクヤは口を開く。
「ふっ、恐れ慄いたかい?僕の力に」
「ああ!凄えよ!一撃じゃねえか!」
これまでの行動をちゃらにするぐらいには良いスキルだ。こればかりは褒めても悪い気はしない。
やるときはやる男だったわけだ。
そんな俺が安堵と驚きの心を抑える中、ハクヤがふと呟いた。
「いやぁ、良かったさ。50パーを引き当てることが出来て」
空気が凍った。若干大袈裟に表現するなら感覚的には辺り一面氷河期である。
「おい、今なんつった」
「おや?その顔は説明し忘れていたみたいだね。今使ったのはスキル『デッドチャンス』その名の通りチャンスを与えてくれる僕のスキルさ。‥‥50パーで」
大事な事をぼそっと言うなよ。
「ちなみにもう半分は?」
「相手の能力が大幅に強化される」
「ばかやろおおおおおおあおおおおっ!!!!」
105匹オオカミ君より強い衝撃が辺りを吹き抜けたのだった。