第一話 失踪
――――――6年前―――――――
「なあ、ワタル?あの暴れ散らかしてる女の人、お前の母ちゃんじゃね?」
下校途中、突然友達が少し遠くの道端に寝っ転がり、ジタバタと暴れている酔っぱらいを指差して聞いてきた。
うちのお母さんを見たこともないだろうに。軽いイジりだ。
そもそもうちのお母さんは競馬一発当ててから大人の男がたくさんいるお店へ入り浸っているはず。帰ってくるのも遅いのでこんな時間に見かけるはずもないのだ。
だが内心そんなこと無いだろうと思っていても気になるものは気になる。
若干ドキドキしながら興味本位で友達の指差す方へ目を向けその迷惑そうな女の人を確認する。
「馬鹿言うなよ、流石に···」
「まーそうだよな。流石にあれはないって」
「お母さん…」
その場の空気が固まった。
地面に埋まりたい。もはやそのまま生き埋めにしてくれて構わない。羞恥心と戸惑いがせめぎ合いもう友達の方を向くことが出来なくなった。
いや、そもそも軽々口にした彼でさえ元々冗談のつもりだったらしく予想外な事に気まずいのかこちらを見る事を恐れている。
そんな今世紀最悪の空気の中、俺はため息を吐くように言葉を漏らすのだった。
「ああ、自由になりたい」
その後俺は結局友達と別れ、お母さんを背負って帰って来た訳だが、ずっと背中で「うぅ…プリンスのばかぁ…」などと唸っていた為何となく状況は理解出来る。
しかしそんなお母さんを宥めながら帰って来ると、家ではお父さんがどこか忙しそうに荷物をバッグに詰めていた。
……寝袋、お金、衣類、剣。
俺が呆然と立ち尽くしていることに気付いたらしくお父さんが近付いてくる。
深妙な面立ちからして大事な話だと瞬時に予想出来るが…。
ああ、今までのお手本のような行動からこれから何を言われるのか大体分かってしまうのが本当に残念でならない。
「いいかワタル?お前はこの金で好きに生きろ。世界は広い!お前なら出来るはずだ」
無理言うなよ。
そう言われポンッと渡されたのは薄汚れた1000ギル硬貨一枚。パンが一つ100ギルなのからして恐らくギリギリ4日生活するのが限界だろう。
このまま逃がすわけにもいかない。ここは子供の特権、泣き落としの出番である。
「でも!お母さんがホストエルフに貢いでる今、お父さんがいなくなったら……!」
「大丈夫だ」
「最近では友達にお前の母ちゃんヤングオーク!ってからかわれてるんだよ!」
「大丈夫だ」
「お父さんは親が外で飲んだくれて寝ている様子を見ながら下校する僕の気持ちを考えたことはある!?」
「大丈……ぐふっ!」
おい、あんた笑っちゃいかんだろ。
「と、とにかく!考え直してよ!」
すると、お父さんは少し考える素振りをした後、いかにも赤子を諭すような笑顔でニッコリと告げてきた。
「俺は信じてるからな!お前が立派に成長することを!」
「お、お父さん……?」
「ワタル……!」
父と子の感動の別れ。・・・なんてものは無く、窓を突き破りお父さんは走って逃げていく。
呆然と立ち尽くす俺はしばらくして口を開く。
「だったらもっと金置いてけよおおおおおお!!!」
こうして俺のお父さんは失踪した。