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急く気持ちのまま



仕事が終わり、急いでカバンの中に書類を押し込む。電話が鳴ったが無視と決め込んで、慌てて社長室を出た。


「悪いが、俺、早引きなー」

「お疲れさまっす」

「社長、お疲れ様でーす」


廊下をすれ違う人に声を掛けられながら、エレベーターに乗り込む。腕時計を見ると、面会の終了時間、一時間前だった。

エレベーターが一階につく。まだ半開きのドアから慌てて身体を出そうとして、ガタタタッと大きな音が響いた。ホールにいた女性社員に笑われる。


「エレベーターのドアに挟まっている大同社長、初めて見ましたけど」

「うわあ、恥ずかしいとこ見られたな。田中も気をつけて帰れよ」


はいーと女性社員が手を振る。

大同は警備員にも手を上げると、エントランスの自動ドアもこれまた半開きの隙間に身体をねじ込んだ。


「やべえ、白容堂まだ開いてっかな」


洋菓子店に滑り込む。そこで奇跡的に残っていた限定プリンを買うと、大同は紙袋をガサガサと言わせながら、地下鉄の駅へと降りていった。


「間に合うかあ?」


混雑する地下鉄の車内。紙袋が潰れないように手を持ち替え、ドア側にじりじりと寄っていく。

そしてまた半開きのドアの隙間から地下鉄を降りると、大同は総合病院へと走った。


「はあはあ、くそっ。ジジイを走らせるんじゃねえよ」


面会時間は、あっという間に終わってしまう。焦りつつ、今日もひなたの病室へと廊下を小走りする。

ドアの前で上がった息を整える。

ノックをした病室には、ひなた以外誰もいないはず。ひなたの家族が帰る時間を見計らって、ひなたに会いに来ているからだ。

そろりと、ドアを開ける。


「こんばんは。ひなちゃん、調子どう?」


横になりながらも大同へと向けた顔が、いつもより血色が良いような気がして、ほっと胸を撫で下ろした。

大同は紙袋を掲げてひなたへ見せてから、ベッドの横へと回り込んだ。


「食べられたらでいいからな。冷蔵庫に入れとくから」


横になったひなたの口元が笑ったのを見て、大同は言った。


「あ、なに? なんで笑った?」


紙袋からプリンを取り出して冷蔵庫に入れる。


「大同さん、お姉ちゃんから伝言。私をブタにする気ですか、って」


大同は、冷蔵庫に一列に並んでいくプリンを、遠い目で見つめた。


(あーあ……当たり前なんかもしんねえけど、……「大同さん」かあ)


冷蔵庫をそっと閉める。


「ふは、ひなちゃんのねえちゃん本当におもしれーな」


プリンが入っていた紙袋をガサガサと折りたたむと、パイプ椅子を引き寄せて、ベッドに寄る。座ってから、ひなたを見た。


「今日はちょっと顔色がいいな」

「うん、この前よりは」

「この前は、ちょっと酷かったもんな」

「ごめんね、汚いもの見せちゃって」

「そんなことないよ。汚くなんてねえから。そんなこと気にすんな」

「大同さんに言われると、本当になんでもないことになっちゃうから不思議」


ひなたが寝返りをうって、ベッドの柵につかまる。その細い手首。もともと細かったが、吐き気で食事が取れない分、前より体重も減ってしまっていた。


「……時間、大丈夫?」


ひなたが柔らかく訊く。


「ん、……もう少ししたら、帰るよ」

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