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もしも、あの時。


「なんだよ、改まって」


鹿島の様子がいつもと違うことに気づいて、なんとなく気が重くなる。


大同が注文した梅酒の氷が、カランと音を立ててグラスに当たる。ぐいっと半分飲み干すと、そう言ってから頬杖をついた。


「ん、ああ。今日は悪かったな。大事な商談だったんだろ?」

「まあね」

「業績もいいみたいだな。羽多野くんが浮き足立ってたぞ」

「あいつの浮ついた足はだなあ、半分は嫁さんとおチビちゃんのせいだ」


鹿島が、サラダを食べ始める。なかなか言い出さないところを見ると、自分には言いにくいことなのかもしれない。


「……小梅ちゃんと結婚するのか?」

「んあ、」


口に入れようとしていたミニトマトを落とす。ミニトマトは机の上を転がっていき、床に落ちる前に鹿島がキャッチした。


「いやあ、それがまあ、……そうだ」


大同は頬杖をやめて、右手を机の上にずいっと差し出した。


「おめでとう」


鹿島も手を出して握手する。


「ありがとな」

「それにしても、思っていたよりも遅かったな」

「ああ一度だけ、危機的な状況があったんだ」

「えっっ、すでに夫婦みたいなお前らがか?」

「まあな。話せば長くなる」

「ちょい気になるけど、長くなるなら……めんどくせえ、今度また聞く」


手を上げて、梅酒のお代わりを頼む。


「大同、……お前にちょっと、訊きたいことがあるんだが、……」


鹿島が、神妙な顔をしていたと思うと、それが変に歪んだような気がした。いや、確かに変だ。目が泳ぎ始めている。

大同は呆れて言った。


「結婚について、俺に訊かれても答えれんぞ。知ってると思うが、俺は一度も結婚したことはない」

「わかっとるわっ」


枝豆を投げつけられる。頬に当たって、取り皿の上に落ちた。大同はそれを拾って、自分の口の中に放り込む。


「そうじゃなくてな、お前はなんで結婚しねえのかってことだよ」

「なんで、って言われてもなあ。俺の前を過ぎゆく数々の女どもに訊いてくれ」

「見合いはしないのか?」

「見合いいいぃぃ、お前、俺を誰だと思ってる? 大同さんだぞっ」

「そうだ、お前はモテる。なのになんで結婚しねえのか、ってこと‼︎」

「えええぇ、そんなこと訊く〜?」


手をせかせかと動かしながら枝豆を次々に口に入れる、その大同の姿を見て、鹿島は意を決したというように、言った。


「……ひなたちゃんが忘れられないのか?」


枝豆を持つ手が止まる。いつかは訊かれるだろうということはわかっていたが、やはりその名前を聞くと、時が止まるのだ。


大同は、持っていた枝豆の皮をガラ入れに投げ入れた。


「そんなことねえよ。時々、思い出すだけで、普段は忘れてるし、」

「なんで連絡しないんだ」

「できるわけねえだろ。フラれてんだからさ」


時々思う。

もし、あの時。

子どもは要らない、君が側にいればいい、そう言ったのなら、ひなたと結婚できたのかもしれない。


ただ、あの時は。

幸せの絶頂の中で、思いも寄らない別れを切り出され、完全に自分を見失ってしまった。思考が鈍り、何も考えられないくらいのショックを受けたのだ。

順調に登っていた梯子を、蹴り倒された思いだった。

立ち直れなかった。それもずいぶん、長い時間。


(結婚したい、みたいなことを無意識に言っちまってこんな結果になったわけなんだけどな。それを後悔したのかどうかも、もう覚えてねえくらいなんだよ)


ひなたに、家族のことを言われて、そうなのか、そうなんだ、わかったそれでいい、みたいに流れていって、いつのまにか納得してしまったのだ。


歳の離れている自分の将来や幸福のために、ひなたが別れを選択したことも理解していた。その気持ちが痛いほどに伝わってきて、何も言えなかった。


その後。

冷静になってから。何度も何度も、繰り返し考えた。

けれどまだ、答えは見つからない。


「わかんねえんだ」


大同は呟きながら、梅酒を飲んだ。

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