他人には触らせないと
「申し訳ないですけど、お断りします」
昨日の夜、世話になっている年配の顧客との接待があった。飲み会を一席設けた場で順調に話し合いは進み、仕事の話が終わる。料亭を出て少し歩いたところで、年配の社長が大同の腕を引っ張った。
「なあ大同さん、今からさあ、もう一軒行かない?」
お互いがフランクな関係になってきたのに気を良くして、誘ってきたのだ。
そのくだけた態度を苦く思いながらも、大同は許可を出した。
「いいですよ、崎山さん。次どこ行きます?」
歩き出す。
「いい店、知ってるから。ここから近いし」
崎山が率先して大同の腕を引っ張っていき、一軒の店の前まで連れていく。さっそくというような様子で、入り口のドアから入ろうとした。
大同はその煌びやかなネオンで飾られている店の前で、掴まれていた腕を払って、足を止めた。
「ここ風俗じゃないですかっ」
「まあね、今日はさ、女の子と楽しもうよ」
店内から、キャハハと女性の甲高い笑い声が聞こえてくる。
(ちょ、マジか)
再度、腕を掴み引っ張られる。
大同は、それをやんわりと手で掴んで離し、そして言った。
「悪いですけど、俺、こういう趣味ねえんで」
「ええ、そんなことないでしょ! 楽しいよ。大丈夫大丈夫、女の子と話すだけだから」
大同は、店の看板を見上げた。
(どう見ても話すだけの店じゃねえだろ)
「崎山さん、困るよ。俺、彼女いるし」
「内緒にしとけばいいじゃん」
ぐいぐいと強く腕を引っ張られて、嫌悪感がぶわりとせり上がってきた。
「俺、内緒にしておけないたちなんで。これがバレて彼女と別れでもしたら、崎山さんのこと、一生恨みますからね。それでもいいんですか?」
「え、いやあ、そこまでは……そんなに可愛い彼女なの?」
「俺、ぜってー別れたくねえんで。彼女に操立ててるから、勘弁してください」
「うひゃあ、溺愛だねえ。じゃあ、仕方がないか」
タクシーを捕まえて崎山を無理矢理乗せ見送ると、大同はほっと息を吐いた。
「危ねえー。あのエロ親父め、俺を巻き込むんじゃねえよ」
ぶつぶつ言いながら、大同も帰途についた。
(俺の身体はひなちゃんだけのもんだからな。他の女なんかに触らせるかっ、てか、俺だって他の女なんか抱くかよ)
今回のヌードの件で、ひなたも同じように操を立ててくれていると知り、大同は飛び上がるほど嬉しく思った。
(俺のひなちゃんを他の男の目に晒すなんてこと、絶対だめだっ)
心でも強く思う。
「ひなちゃん、ごめんな……ひなちゃんが決めたことに反対したくねえけど、俺……」
「うん、わかってます。逆に反対してくれて、嬉しいです。ありがとう」
ひなたの短い髪に手を入れる。指に絡まらない、程よい短さ。その栗色の髪からシャンプーのいい香りが、ほわりと漂ってくる。その髪に顔を突っ込んで、すうっと吸ってから、大同はひなたの目を覗き込んだ。
淡い色の瞳が。
じっと大同を見つめてくる。
その瞳は大同が、ひなたの中で一番好きなパーツだ。
(ああ、この綺麗な瞳も何もかも俺のもんだー)
そう思いながら、まぶたにもキスをする。
心が軽かった。今にも踊り出しそうに、胸の中が華やいでいる。
(これが……本当の恋ってやつか)
大同が今まで知り得なかったもの。巡り会わなかったもの。頑なに拒絶していたわけではない。
ただ、出会わなかったのだ。
(知ったら最後、もう手離せない……ああ、これなんだ。これが鹿島が言ってたやつなんだ)
唯一無二。
その尊さをこうも実感する。
大同がひなたを見つめ、そしてひなたが大同を見つめ返す。
「……好きだよ、ひなちゃん」
心の底から、自然に溢れてくる言の葉。
「鍋は後回しな」
唇をぱくっと食べて揶揄ってから、大同はしっとりとひなたの唇を吸った。




