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深紅の金魚



「わあ、これは凄いねっ」


大きな鏡の前、モエがひときわ大きな声を上げた。

美容院「taki」の奥の部屋には、ハンガーラックに所狭しと衣装が並んでいる。


セレクトショップ「りく」に元々入荷していた服もあるが、「りく」のショップ店長のサオリが、アンダーグランドに潜って探してきたものもある。ボリュームのあるものから細身のもの、シンプルなものから派手なデザインのものなど、多種多様の服が並んでいた。


「他のモデルさんのものもあるから、これだけのボリュームになったけど、ちゃんとひなたちゃんに似合いそうなものを選んできたからねー」


サオリが手を擦り合わせて、得意げに言う。


「すごい、どれも綺麗」

「でしょー。それにしてもひなたちゃんがモデル引き受けてくれて良かったよ」

「たくみさ、大同さんにも背中を押してもらったので……」

「ふふ、匠さんのままで許すぞ、バカップルめ。あの人、ひなたちゃんのお陰で、本当にマトモになったわ」

「ううん、反対なんです。匠さんが私を、マトモにしてくれたんですよ」

「またまたあ、何言ってんの」


ひなたの背中をバシンッと叩く。もちろん、優しく、だ。


「本当にそうなんですよ。私、自分が乳がんってわかった時から、精神病んでましたから」

「……そ、そうなの?」


つとモエの顔色が変わったのを見て、ひなたは苦笑した。病気の話をすると、こうしてみんなが顔色を変える。

同情を寄せる人、寄せるフリをする人。何と言っていいかわからなくなるのだろう、言葉をなくす人。隠しもせず憐憫の情だけを浮かべる人。

色々と見てきたが、今ではどれも気にならなくなった。


「そりゃ、誰だってそうなるでしょ」


サオリが、忙しそうに手を動かしながら、言った。


「ひなたちゃんはそんな辛いことにも逃げないで、ちゃんと真っ直ぐに向き合ってる。本当に凄いと思うよ」


よけていった服の中から、サオリが一着を取り出す。


「ようやく、そう思えるようになったんです。何もかも、匠さんのお陰です」

「あははあ、あの人はそんなことこれっぽっちもわかってないだろうけどね」


サオリが手にしているのは、ニットのワンピース。深紅と呼ばれる赤系の色だ。丈は太ももを半分ほど隠すくらいで、襟ぐりが丸く鎖骨が見えるほどに開いている。

それをひなたに手渡すと、サオリは他のもう一着を、ハンガーラックから取り出した。


「大同さんがさあ、うるさくてうるさくて。露出の少ないものにしろだとか、可愛く見えないやつにしろだとか、」

「なに言っちゃってんですかそれぇ! こちとら可愛く見せるのが、仕事だっつの!」


モエが、大型の化粧バックを重そうに運んでくる。


「でしょー。あの人ホント終わってるわ。でもまあ、そんなわけだから。ひなたちゃん、これも羽織っちゃって」


ワンピースと同じ色、同じ生地でできたショール風のカーディガンだ。


「露出対策。前回のCM撮影の時に着た服で、ひなたちゃんには赤系の色が似合うのわかってるから、こんな感じにしたいんだけどどう?」


鏡の前で、ワンピースを身体に当てる。サオリは立ち膝姿で、真紅のさらに色の濃い太いベルトを、ひなたの腰に巻きつけた。


「……綺麗な色、」


ひなたの呟くような声に、サオリが満足そうな声を出す。


「柄タイツも、ワインレッドで決めたよ」

「サオリさん、攻めますねえ」

「髪は栗色がいいと思うんだよね。また滝田さんに聞いてみるけど……前回より、ずいぶんと髪も伸びてきたけど、あの人ひなたちゃんのショート大好物だから、もしかしたら切るって言い出すかも」

「別に切っちゃっても大丈夫です」


ひなたが、飄々とした様子で言う。


「ひなたちゃん、執着ないねえ」


サオリがそう言うと、ひなたはふっと笑った。


「執着なんて、ありまくりですよ」


深紅のワンピースをぐいっと持ち上げて、胸に当てる。

ひなたは真っ直ぐに、

鏡の中に映る自分を見た。


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