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唯一無二


迎え入れられたリビングは、以前CMのモデル契約をした時にも通された、あの時のままだった。そこら中に家族写真が飾られた、温かみある部屋。

余裕のあったモデル契約時と違い、ど緊張満面でひなたの父母と対面する。


判を押してくれた母親は、優しく温和な人だということを知っていた。けれど、父親についてはまったくの初対面だ。しかも厳しい人だとひなたから聞かされていたので、余計に背筋は凍ったままだ。


隣には、ひなたが無表情で座っている。けれど、鉄面皮なひなたのその唇に、いつにも増して、ぐっと力が入れられているのを見ると、大同の気持ちは固まっていった。


口から飛び出しそうな心臓をなんとか押し留めながら、顔を上げる。


何を話していいか戸惑っている両親に向かって頭を下げた。


「ひなたさんとの、交際をお許しください」


大同が差し出した名刺をちらちらと見ながら、父親が意を決したように話し出した。


「大同さん、CMの件では娘が大変お世話になり、ありがとうございました」


丁寧な謝辞に、大同はこちらこそ、と返す。


「でもね、社長さんなら、ひなたじゃなく他にも相応しい方がいらっしゃるでしょう」


やんわりとした言い方ではあったが、完全に拒絶の意を含む。

父親が、大同の頭のてっぺんから爪先までを、じろりじろりと見る。断崖から背中をどんっと突かれて、落とされたような気分になった。


今までの生き方も、そしてその見た目も。歳の差も。

ナンパでチャラいと思われて警戒されても、それは仕方がない。大同は観念したように、そう思った。


実際、そうやって生きてしまってきたから。滲み出るものを今更、隠すことも変えることもできない。

大切な娘をそんな男に、と思われても仕方がないのだ。


「ひ、ひなたさんでないと、」


混乱して込み上げてくる感情が、説得の邪魔をする。

喉が、ぐうっと鳴った。

恥ずかしさを感じながらも、必死に声を絞り出して言う。


「ひなたさんでないと、」


言葉が出てこない。

大同は、ぐっと手に力を入れて、握った。

そんな様子を見かねた母親が、言葉を挟んだ。


「大同さん、ひなたは最近、よく笑うようになりましたよ」


大同が顔を跳ね上げる。


「撮影がよっぽど楽しかったのね。それもこれも、あなたのおかげです。ありがとう」

「こ、こちらこそ。も、モデルをお願いして、それで、ひなたさんの笑顔に惹かれました」

「ひなたには病気のこともあるので、」

「その上でお願いに上がりました」

「辛い思いばかりしてきたので、ひなたには幸せになってもらいたいんです」

「もちろんです。優しいご家族に囲まれて、ひなたさんは十分、幸せだと思います。でも、できたら私も、これからのひなたさんを支えられたら、幸せにできたらと、思っています」


しん、と沈黙が続いた。その沈黙の重さに耐えかねて、大同は言った。


「歳の差のこともあり、ご心配だとは思いますが、ひなたさんは私にとって大切な存在で、」


再度、喉がぐうっと鳴った。

目頭が熱くなるのを、ぐっと我慢する。


「唯一無二……なんです」


握りこぶしを、さらに握り込んだ。

目を瞑って頭を下げた。そしてもう一度、言った。


「どうか、交際のお許しをいただけないでしょうか。お願いします」





「……大同さん?」


はっと気づくと、目の前には黒から茶色へと色の変わったアイスコーヒーのグラス。半分に減ったその量とグラスにつく水滴で、少しの間、想いを馳せていたことがわかる。


顔を上げると、ひなたが顔を傾げている。その手には、さっきまであったソフトクリームは、すっかり無くなっていた。


「ごめん、ちょっとぼうっとしてた」


ふ、と微笑の顔を浮かべる。


「それより、大同さん、はないでしょ?」


ひなたが、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「……匠、さん」

「ご両親にも許可をもらったんだ。晴れて恋人なんだから、ちゃんと名前で呼んでよ」

「た、たくみさん、」


気持ちが高ぶってきて、テンションが上がる。

良かった。夢じゃない。これが現実。そしてこの世界に、唯一無二のひなたがいる。


「はーいー?」

「ソフトクリーム、もう一つ食べていいですか?」


少しの沈黙の後。ぶふっと吹き出すと、大同はいいよいいよ、と笑いを噛み締めながら注文カウンターへと向かった。

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