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与えられる全てのことに



「どうして、私だったんですか?」


初めて会った時から何度も見た、ひなたの無表情。その顔が今、困り顔を浮かべている。


ハタノパートナーズの本社ビルの最上階にある第三会議室。羽多野と大同、そしてひなたでの打ち合わせが終わり、三人でコーヒーを飲みながら雑談していた時、羽多野がちょっとトイレ、と会議室を出たタイミングでの問い掛けだった。


「いやあ、何でだろうねー」


面と向かって問われても、大同には正直答えられなかった。明確な理由はない。

あの時。初めて、ひなたに出逢った時。衝動と言っても良い、それくらいの何かの力に突き動かされた。


(そうなんだよ、引力っていうか。人を惹きつける魅力が、ひなちゃんにはある)


それが、会社の新しいCMに起用できると強く思った。


(羽多野だってそう考えるくらいだから、絶対そうなんだよ)


それについては、ショップの店長サオリ、美容師の滝田、カメラマンの鮫島たちの、ひなたへの評価が裏付けしてくれていて、大同が確信を強くしていった理由だ。


「ひなちゃんなら大丈夫だよ」

「私、何の取り柄もないし」

「そんなことない。前に言ってたアスリートの話さ。あれね、君にはそういう内から湧き上がる力強さみたいなものがあるって思ったんだ。みんなひなちゃんに惹かれているよ。どうしようもなくね」


ひなたが、薄い眉を下げながら、呆れたように言った。


「私にまで、ナンパ通さなくても良いですよ」

「いやいや、違うよ。全然、お世辞とかじゃねえし」

「でも、」


ひなたが、会議室の窓から見えるビル群に目をやる。


夕日に照らされた、ビルというビル。そのガラス窓がオレンジに染められていて、時々、ゆらゆらとした陽炎のような光がこの会議室まで届いてくる。


ひなたの、遠くを見つめる瞳。それこそ色素の薄い、淡い色の瞳。今は、オレンジに染まっているだろうが、覗き込めばきっと太陽の光にかざしたビー玉のように、綺麗なのだろう。

けれど、不用意には近づけない。ひなたに対しては、なぜかそう思うのだ。


(いつものように茶化すような態度を取れないのは、この子が乳がんという病気を患っているからなのか)


だから、壊れ物のように扱ってしまうのだろうか。


「……でも、ありがとうございます」


はっとした。

いつのまにか、ひなたが大同を見つめていた。

寄せられる眉根の両端で、まばらなまつ毛がスローモーションのように上下する。


「ここ最近は、失うことばかりだったから、」


息をついてから続ける。


「大同さんには色々といただくことができて……嬉しいです」

「え、ああ、うん」


返事が出なかった。どう反応して良いか、わからなかった。いつもの軽い羽根のような言葉はひとつも出ない。ひとつたりとも、だ。


「大切にしないといけない」


それこそ大切そうに言った言葉が、大同の胸の中へとじわりじわりと染み込んできて。その胸に微かな痛みが走った。


「……大切にって、……何を?」


喉元に圧迫感。息苦しい。喘ぐように、言葉を何とかねじり出した。

その問いにひなたが答える。


「与えられる全てのことに」


部屋に届く夕日が。大同の中でいつよもり眩しく、そして暖かく感じられた瞬間に変わった。


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