第七十八話「それがあなたの正義ですか?」
「やっぱり北側はゴブリン居ないみたいね」
夕暮れ近い時間になって私達はダンジョン入口の拠点まで帰ってきた。
ダンジョンの北側は元々はクロガネの部族の縄張りだった所で、現在彼等はもっと東に移り森の浅瀬には基本的に出てこないようなので空白地帯になっているので、南の部族とかダンジョン産が偵察に来ていないという事だ。
「その分、南に集中しているのかも知れませんね。北の部族が手を出して来ないなら、南の部族もダンジョン産の方に戦力は集めたいでしょう」
「成る程。そっちが激化してる可能性もある訳か」
色々と意見は出るけど、あくまで推測でしかない。
そもそもダンジョンの異変もただの自然現象なのかすら分からないしねぇ。人の手で何とかなるような物じゃないとは思うけど。
拠点と言っても、いつもは衛士の詰所だ。おおきめの小屋でしかないが、私達はそこに顔を出した。
中には休憩中の衛士の方々と、普段はいないギルドの職員さん(二十代の男性でいつもは裏で事務仕事をしている人だ)が詰めていた。
「お疲れ様ですー」
「おや、随分早いお帰りですね。何かありましたか?」
予定では帰還はもう一日後だったしね。
詰所内も平常な雰囲気で変わった様子もなく、他のPTの帰還もまだっぽい。
「予定より早いですが北側の探索を終了しました。あちらではゴブリンは少数のみです。情報提供者と出会いまして森の状況をある程度聞く事が出来たのですが、早めに知らせた方が良いと判断し戻って来ました」
情報提供者───勿論クロガネの事だが───の素性については伏せて付近の勢力関係を職員さんに報告すると、困ったような顔をしつつも納得と言った感じに首肯く。
「最近、北側ではゴブリンの数が減っていると報告を受けていましたが、あの辺りのゴブリンが拠点を移していたのですね。それにしても南側でゴブリン同士で戦闘ですか………〈叢雲〉はこういった依頼には慣れていると思いますが……」
「南東の〈竜滅の剣〉はどうなんですの?」
「鉄ランクとしての力はあるとは思いますけどね。正直、今回の依頼は騎士団の方からの要請で参加したので探索依頼に慣れているとは………」
シャルちゃんの質問に答え難そうに職員さんは言葉を濁す。
ああ、父親がそっちから圧力というか「お願い」した感じなのか。息子に実績でも積ませたかったのかね?ギルドの指命依頼を達成で泊が付くとでも思ったのか。少数のゴブリン程度なら問題は無かっただろうけど、南東はダンジョン産の本隊がいる可能性が高そうにだからなぁ……。
「まだ他のPTは帰って来てないんだよね?」
「ええ。予定通りでしたら明日ですから。無事だと良いのですけど………ともかく情報通りなら討伐隊を募らなければいけませんね。馬車を出しますので皆さんも一緒に王都に戻って下さい」
ダンジョンから二時間程掛けて王都に戻りギルドに直行。それから報告を済ませると結構な時間になってしまった。討伐隊の募集は直ぐ様出されたが、実際に出るのは数日後になるだろう。
一応皆に確認したけど、私達は討伐隊にも加わる事にした。ここまで来て、はいサヨナラっていうのは気持ち悪いし、クロガネ達の事もある。あちらには手が伸びないようにしたい。
南の部族は───難しいだろうなぁ……クロガネの所だって彼が居て言葉が通じたからこそだし、そうでなかったら普通に戦闘になって倒していただろう。
魔物、モンスター、色々言い方はあるけど全てが悪ではないが、分かり合える訳ではない。様々な作品でも扱っていた問題だけど───うん、難しい事は分からないけど、クロガネ達とは戦いたくない。
魔物に限らず、悪意を持って襲ってくる相手に不殺を貫ける程、私は聖人ではないしね。
あれだ、「撃って良いのは撃たれる覚悟がある奴だけだ」って奴。
前世は比較的平和な国で安穏と暮らしていたけど、他の国では紛争なんかは日常茶飯事なんて所もあった。テレビやネットで見掛けても大変だなーくらいの感覚でいたけど、そっちの方が「異常」だったのかもなんて思ったり。ご飯を食べるという事は誰かがそれをしている訳で。
まあ、とりあえずはご飯だ!
随分遅くなってしまったので、今日は常宿になっている〈ロザリア〉に。この時間になると食事よりもお酒目当ての人が多いけどね。
本日の夕御飯は麻婆豆腐☆花椒と唐辛子のピリリとした辛さが刺激的。辛さだけでなくじっくり炒めた挽肉と隠し味のお砂糖でコクのある旨み。うん、おっちゃん良い仕事です♪
「それにしても今回の依頼は面倒な事になりましたわね」
「ダンジョンのゴブリン探して、居たら倒すってくらいだったのにな」
「心情的には森のゴブリン達とはやりにくいしねぇ」
うん、まあ、今まで普通に倒していたゴブリンだけど美味しそうにご飯食べてる姿を見ちゃうとね。
「ゴブリンも人も本質的には変わりないって事でしょう。良い人間もいれば悪人もいる。戦争になれば普通の人が敵になるんです」
アークが食後に蜂蜜酒を傾けて、ポツリと言う。
ああ、そうだね。こちらの視点で見れば優しい青年でも敵から見たら銃を手にした自分等を殺そうとする相手に見える訳で。
「出来れば、何とかしたいなぁ」
翌日、私達は朝市を巡って食材なんかを補充してからギルドに顔を出した。クロガネに渡した分も含め、今度は大人数になるから結構多めに。流石に毎食全員分を私が作る事はないだろうけど、もしもに備えておきたいよね。大量なのでお店の人に驚かれるのはお約束だ。
ギルドは朝からいつもの賑い。駆け出し達がより良い依頼の争奪戦をしているのを後目に、私達は休憩所になっているテーブルに着く。討伐隊が集まるまでギルドに用事は無いんだけど、〈紅蓮花〉達、他のPTの報告が気になったのだ。
討伐隊の募集は通例通りに銅ランクでも受けられる事からボチボチと集まっているそうだ。ただ今回はロードクラスもいると思われる為、別枠で高ランクの募集もしている。
規模としては合わせて四十人くらいの募集なので、集まるまでは時間が掛かりそうだけど。
「あれ、カトレアちゃん?」
帰還の予定は今日。報告が入るのは早くても昼過ぎになるとは思うんだけど………雑談したりギルドの資料を読んだりしながら時間を潰していると。
久しぶりの再会です。
お読み下さりありがとうございます。