第六十六話「緊急クエスト発令」
「あの、私、オリヴィア・グリムと申します。カトレア様にはきちんとお礼を言いたかったので、お会い出来て嬉しいです。私の故郷を救って頂きありがとうございます」
メガネっ娘はそう名乗り、深々と頭を下げた。
あー、グリム伯爵は娘さんが二人いるって話だったけど、その一人かー。
「い、いえ、オリヴィア様頭を上げてください。私もグリムに向かう途中で居合わせただけで……」
「ああ、あのグリムの為に、危険な魔物を狩り、その素材を売却した金貨全てで救援物資を集め、更に自ら救援部隊に志願してグリムまでの街道を切り開き届けたという……。どんな凄い方かと思っていましたけど、こんな可愛らしいご令嬢だとは、驚きました。ああ、申し遅れました。私はイレーナ・グルームワルト子爵令嬢ですわ」
もう一人のご令嬢───イレーナ様まで、そんな事を言うが。
いや、確かに危険度7なんていう魔物だったけど、それは以前に狩ったものだし、しかもお肉とか骨とかは売ってないし、物資もお金も出したけど用意したのはギルドだし、道中だって私はお手伝いみたいなもので………でも、グリム伯爵と商業ギルドのお偉いさんのダグラスさんに「そういう事で」と言われて、なんか嘘ではないけど、どうも話が大きくなってるようなー。
………ってか、グリムやノルディンならともかく、王都でもそんな話が広まってるの!?
「私よりも領軍や他の冒険者の方が頑張っていらしたので。私など足手まといだったかもしれません」
「いえ!皆様、カトレア様が昼夜共に頑張っていらっしゃるのを見て勇気付けられたと仰ってました。王都で何もできずにいた私はカトレア様の活躍を聞き、そんな方がいらっしゃる事に感動致しましたわ」
メガネっ娘はキラキラと興奮した様子で、小さな拳を握りしめて。
まー、何もできずと言うが普通のご令嬢はそんなもんだと思う。グリムはワインの生産で潤っている領地だしね。私なんかは王都の学院に通う余裕なんかある訳もなく、今日のご飯の為に狩りに行かないといけなかったから逞しくなったと思うけど。
「ああカトレアさん此方でしたか」
さて、この二人を落ち着かせるのにどうしたものかと思っていた所に、アークが来てくれた。
アークは目の前で、その年齢で魔物を狩れるなんて凄いとか、グリム出身の者がどんなに救われたかとか力説している二人の様子に、状況を把握してくれたようで。
「オリヴィア様、イレーナ様お久しぶりですね」
「まあアークラント様お久しぶりです」
後で聞いた話によると、二人は選択魔法は違うが、魔法科の後輩たちなのだそうだ。
オリヴィア様はグリム伯爵の次女で十四歳。
イレーナ様はアークの家と同じ法衣貴族のご令嬢で、父がアーク父の同僚な事から幼馴染みのような関係みたい。
アークを交えて世間話のようなものに興じ、お昼休みの終わり告げる鐘でようやく解放された。
午後の講義のために足早に去っていく二人に私はホッとする。
「助かりました。ご令嬢同士みたいなのはあまり経験がないので」
「いえいえ。カトレアさんを探していたのも事実ですから」
最近になってクロフォード家もグリムなどと交流が盛んになったが、社交の場に出るような事はまったく無かったので、いまいち貴族のお付き合いとかは分からないんだよね。
もっとも、私は成人までで貴族扱いでは無くなるのは確定だと思ってるけど。
「探してた……?何かあったの?」
「緊急という訳ではないんですが、例のゴブリンの件でギルドに動きがあったみたいです」
〈小鬼の迷宮〉から〈紅蓮花〉が帰還した。
大規模な変動があったと思われたが、どうもかなりのイレギュラーが発生していたようで、鉄ランク以上にしばらく待機して欲しいと要請しているようだ。
具体的な発表や緊急クエストが出された訳ではないが、現在情報の精査をしているのだろうとアークは教えてくれた。
強制ではないものの、待機要請は銅ランクには出されていないので、おそらくゴブリン討伐依頼が出されるとしても対象は上位種だと予想出来る。
「ダンジョン内がどうなっているか分からないけど、ただのゴブリン大発生とかではないって事か」
「でしょうね。上位種の大発生の予兆があったのだとは思いますが、一応そう言う事ですので」
「まあ私達は王都を出る予定では無かったし、それはいいんだけど……私の用事は急ぐ事ではないし、ギルドに行ってみようかな」
図書館を後にして、私は冒険者ギルドに向かった。
アークはユースに伝えに行くそうなので、別行動に。シシリーはギルドで講習だし、あとはシャルちゃんだけど……どこの店かも聞いて無かったしなぁ。まあ急ぎではないし夕方くらいにはギルドで合流の予定だったから大丈夫か。
ギルドに着くといつにも増して人が多い。午後は閑散としている事の多いホールでPTか知合いなのか数人で集まってボソボソと話をしているグループがいくつかあった。
職員さんも慌ただしい雰囲気で、定期的にあるような単純なゴブリン討伐ではない様子が伺えた。
「お、噂をすれば」
「カトレアちゃん、久しぶりですね」
入口でギルドの様子を観察していると、丁度話を聞かせてもらいたかった人に声を掛けられた。
〈紅蓮花〉の神官カンナさんと、ええと……セドリックさん、グレンさんだったかな?
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