第五十三話「遠足は帰るまでが遠足。」
「おはようございます。見張り交代しますね、休んでください」
身仕度を整えてテントを出た私達は、焚き火の前に座るエドガーさんとダスティさんに挨拶。
「はい、お願いします」
「エドガーの結界は張り直したから、何事もないと思うが、ちょっとでも何かあれば起こしてくれ」
そう言って二人は自分たちのテントに入る。
それを見送って、私達も火にあたる。初夏とは言え、山麓の夜は冷える。
夜明けまでは、まだ長い。シンと静まった森の中、聞こえるのは、パチパチと燃える焚き火の音だけ。
むしろ静か過ぎるくらい。
「夜営も久しぶりですわね」
「そうだね、しばらくはずっと日帰りだったし」
焚き火って、見ているとなんか落ち着くよね。暗闇の中を照らしてくれるそれは、遥か昔の人類の記憶が残ってるんだとか聞いた事があったけど。
ぼんやりと、揺れる炎に照らされたシャルちゃんを見ながら新しく枝を追加し、そんな話を思い出す。
「そう言えば、カトレアさん。スキル覚えるにはどうしたら一番良いのでしょう?」
不意にシャルちゃんが聞いてくる。いや、ずっと考えてたのかも知れない。
「そーだねー‥‥‥私が思うにスキルって、それが出来る事が認められれば『覚えられる』んだと思うんだよね」
スキルが後付けのシステムなのは間違いないと思う。今日覚えた《集気功》も『再現が出来てから』メッセージが出てきた。
つまり、スキルなんてのがなくても『使える』筈なんだよね。精度とかは別として。
あと魔法スキルも、《火魔法》は火を扱う魔法だけど、《生活魔法》で点火という魔法が使えるので、これの出力を上げてやれば同じ事?上限はあるかもだけど、火属性の魔力を扱う点では同じ制御の筈。
多分《生活魔法》と呼ばれているが、これは魔法を使う基礎能力を認められた物だと思う。一般教養みたいなもの?
そしてユースは《生活魔法》が使えないけど《火魔法》が使える。これは、学校に行けない国とかに、たまにいる算数というものを知らないけど数学が分かる人みたいなものではないだろうか?
所謂天才ってやつ。ユースの場合、魔法の基礎制御で火属性だけが突出している感じかな。
「一定以上の成果が出せればスキルが生えるって事かな?勿論、やり方に問題があれば、その方法では『使えない』と判断されてると思うから、頑張ってもダメだと思うけど」
例えば、空を飛べる飛行スキルがあるとして、鳥のように手をバタバタさせたってだめだと思うけど、魔力を使って浮かび揚がる事は出来そうだ。
「つまり、『正しい方法』を実践していればスキルが覚えられる‥‥?」
「多分。私が《挑発》覚えたのも、そんな感じじゃないかなー。まあ推測だけど」
「成る程」
「あー‥‥‥一応、才能若しくは適性が全くないとやっぱりダメだろうし、あと、人には覚えられないスキルってあると思うから、なんでも努力すれば良いって訳じゃないと思うから、そこは注意かな」
所謂、禁忌スキルみたいな物‥‥‥というかチートスキルも含むと思うけど、普通の方法では覚える事は不可能に設定されてたりするものね。
それは頑張っても使えないだろう。
「その辺は弁えてるつもりですわ」
「ん。‥‥さて、そろそろご飯でも炊くかー」
シャルちゃんは何かヤル気は出たようで、拳を握って気合を入れている。私がスキル覚えてて、自分も増やしたかったんだろうなぁ。少しでもヒントになると良いんだけど。
とりあえず、ご飯を炊く。昨日はご飯物でもパエリアだったし、朝は和風よね。ついでに多目に炊いてお昼に使おう。
その間に、兄が釣ってきたイワナもどきを《空間収納》から取り出して下処理を。イワナは川魚特有の臭みは少ないけど滑りがあるので塩水で洗い、内蔵を取り出す。新鮮なら刺身にしても美味しいんだけど、定番は塩焼きよねー。せっかくの焚き火なので、シャルちゃんに焼いてもらう。
竈を増やして、若布とお豆腐のお味噌汁、次いでだし巻き玉子を手早く作って《空間収納》にしまう。
あとは、野菜が少ないのでほうれん草を茹でてお浸しに。それと、沢庵漬けを切って‥‥と。
うん、和食なメニューになったかなぁ。
「おはよう、二人共。何か手伝うかい?」
ご飯が良い感じに炊き上がった頃、ウィンディさんが起きてきた。空を見上げれば、大分白み始めていてもうすぐ日が出てきそう。
「大体準備は終わりましたから、大丈夫です」
「じゃ、テントの片付けやってるわ」
「はーい」
そろそろ他の三人も起きてくるだろう。最後にお湯を沸かして、と。
シャルちゃんの方も準備オッケーだし、ご飯をほぐして盛り付けを。今度夜営用にテーブルとかも欲しいなぁ。
「おはようございます。特に問題は無かったみたいですね、お疲れ様です」
「おはようさん。朝から手が込んでるな、ワショクって奴か?」
「おはようございます」
他の三人も顔を出して、いただきます。
あー、お味噌汁が染みるわー。イワナも身はふっくら皮がパリパリで美味しー。
「あー、こういう飯って落ち着くよな」
「はい、優しい味ってこういうのかなぁ」
なんか浄化されたような表情のダスティさんと、ふんわり癒し系リグリース君。
ウィンディさんとエドガーさんは、お味噌汁を飲んで溜息。うん、分かる。
「カトレアさんはワショク好きですわね。わたくしもおかげで、好きになりましたけど」
この世界の人って、皆お箸もちゃんと使えてるんだよね。西洋ファンタジー系の世界っぽいのに、いつ頃から日本文化が入ってるのか不思議だよ。
和やかな朝食後、ゆっくり深蒸し茶を楽しんでいた時、それは唐突にやって来た。
どこでフラグが立ったのだろう。そう言えば、森がやけに静かだったのも、そのせいだったのか。
ゴオオという低い音が響き始め、次第に大きくなっていく。黒い影が差し辺りに広がり、突然の風に木々がざわめく。
見上げれば、空を覆う巨体があった。
大陸で最も畏れられる、レイゲンタットの主。
その名は、白竜王〈混沌の監視者〉
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