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第三話「洗礼の儀」


「ただいま帰りましたー」


私は家に帰って、厨房を覗き込み声をかけた。

そこには夕食の下拵えに勤しむ母、ダリヤと唯一の使用人のマリアンさん。


母は元王都の法衣子爵家の令嬢だが、今ではすっかり主婦業が板に付いている。見た目は、良い所の若奥様風なんだけど。


マリアンさんは四十くらいのおばさんで、この家に仕えて二十年のベテランだ。料理洗濯に掃除と活躍する、この人なくてはクロフォード家は無いというくらい。


「あら、おかえりなさい、カトレア」

「カトレアお嬢様おかえりなさいませ。狩りの方はいかがでしたか?」

「タイラントボアとジャイアントスネークが捕れました。解体をギルドにお願いしてきたので、あとで届けてくれます」


まあ、本当は狩りに行かなくてもストックはあるんだけど、普通の《収納》スキルと誤魔化しているので。


しかし、猪はともかく最初は蛇はちょっと‥‥とか思っていた時期もあったけど、普通に食べるようになったなぁ。慣れれば気にならないものである。

あ、でも虫系はダメです。勘弁してください。


「ではカトレアが好きなトンカツと唐揚げね」

「楽しみです!」


流石、母。解ってます。


異世界に行ったら知識チートで料理改革だーとか思ったが、既に結構日本食らしいものが普通にあった。

お米と味噌醤油探しというイベントもなかったよ‥‥。マリアンさんが自家製味噌を見せてくれた時は脱力感に、思わずorzのポーズをとってしまったよ。

この世界、結構転生者がいるっぽいので、誰かが開拓したのだろう。


勿論マヨネーズも普通にあるので、マヨラー大増殖なんていうイベントも既に消化されてしまっている。

うむむむ。


「こちらは大丈夫ですから、儀式の準備をしてらっしゃい」

「はーい」


私は厨房を後にして、自室に戻る。

クローゼットから、この日のためにマリアンさんと母が仕立ててくれたドレスを取り出した。

貴族のきらびやかなパーティードレスではなく、白のリボンの付いたブラウス+ボウタイ、青いワンピース。英国お嬢様って感じ?

うん、可愛い。


生まれて十歳になると『洗礼の儀』と言って、神様達に無事ここまで育ちましたという報告とお礼をする儀式が行われる。

子供の成長を願い喜ぶ、七五三みたいなものだろうか。一般的には年に一回、クロフォード領では町の東外れにある祠で行われ、神様達に祈りを捧げる。

この時、神様から啓示を受け『成人の儀』を行う十五歳までにやり遂げないといけない。

こう書くと大変そうだが、「毎日家の回りを三周走りなさい」とか、「ホーンラビットを狩って捧げなさい」とか頑張れば出来る内容らしい。

これは成人を迎えるに当たっての指針で、その子に足りなかったりする部分を鍛えなさいみたいなものだと考えられている。


ゲームで言うと、転職クエストだよね、これ。


‥‥で、これが貴族の場合は年に一回を待たずに行う。兄も「レテ川の主を釣り上げなさい」とかいう謎の啓示だったので、単に区別なだけっぽいけど。(これのお陰で釣りに嵌まっているらしい)


ドレスに着替え、身嗜みを整えていると、ドアをノックする音。


「カトレア、準備は出来たかい?」

「はい、大丈夫です」


返事をすれば父と兄が部屋に入ってきた。私の姿に頬を緩める。

二人供、娘&妹には弱いのだ。


父ナギはひょろっと細い長身で、領主の貫禄というよりは人の良さそうな顔立ち。剣術などは得意ではないが、政務を一人でこなす文官だ。

対して兄シュロは細マッチョ系。まだ十三歳の少年っぽさが抜けてないが、イケメンだとは思うけど、イメージは大型犬。今ではすっかり釣り人である。


「うん、似合ってるじゃないか」

「お祝いは後だが、これは僕と父さんからだ、折角のドレスだ、着けてくれないか?」


娘の姿に満足気な父と、金色の髪飾りを私に手渡す兄。本物の金ではないけど、私の名前カトレアの花の意匠を凝らした可愛いデザイン。


「‥‥どうかな?」


そっと下ろした髪に着けて、聞いてみると、二人供グッと指を立てる。

えへへ、やっぱりプレゼントは嬉しいよね。

私も頬が緩んでいた。



それから父にエスコートされて、祠に向かう。

クロフォード家の『洗礼の儀』は一応特別らしく、家から三十分ほどかけて歩くのだが、結構な数の人達が道端に出て祝福してくれる。


祠に着くと、神官役───いや、本当に神官ではあるんだが、普段農作業している姿しか見ないので──の、アラドさんが待っていて、父はここで居残り、私とアラドさんが中に入る。


中は十畳くらいでさほど広くはない。

正面に神様を模した神像が三体ある。真ん中は太陽神ルーベンス、右手が豊穣の女神マルチナ、左手が水の女神スティナ。


この世界は八百万の神みたいに沢山神様がいて、多くの人は特定の神を信仰している訳でなく全ての神様を奉る。

この三柱だけここにあるのは、農業に関する神様だからだろう。


アラドさんが像の脇にある香炉で浄めの香を焚き、私は像の前に膝を付いた。

アラドさんが祈りの詞を唱える。

「クロフォード家の娘カトレアは、十の年月を無事過ごし~」みたいな内容らしいが、神代語という古代語でよく意味はわからない。


しばらくすると、祠の中が淡い光に包まれ───神様の声が聞こえた。


(やっほー、カトレアちゃん、久しぶり~)


───台無しだよ、アルテイシア様。

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