第百九話「あなた達に見せてあげるわ、月の狂気を」
「では、参りますわ!」
シャルちゃんが先行し、デイジーがそれに続く。
番なのか寄り添っていた二匹の岩喰いトカゲが接近に気付き首を向けるが、既に加速バフが掛かっているシャルちゃんが速い。
「〈雷震の右腕〉!」
「〈流水落花〉!」
トカゲの懐に飛び込んで雷気を纏う右ストレートがヒット!電撃に弱いのもあるが以前より更に威力を増した一撃を受けたトカゲは派手に地面を転がった。
次いでアークの《水魔法》がもう一匹に命中し、トカゲが怯む。
「喰らえ、〈火聖霊の息吹〉!」
そこにユースの《火魔法》。トカゲの前に炎が吹き上がり、トカゲは仰け反る。
「デイジー、今よ!〈魔力付与・雷電〉!」
「わ、わかったウサ!」
大きくできた隙にシシリーが矢をつがえ《剣魔法》で魔力を込める。デイジーはシャルちゃんが吹っ飛ばしたトカゲに向かい短剣を振るう。
「いっけえええ!!」
射ち出された矢は仰け反ったトカゲのお腹に命中、大きく穴を開けた。
クロフォードまでの道中も訓練をしてきたけど、動きも良くなったよね。特にシシリーは《剣魔法》を覚え、所謂属性弾が射てる事でかなりの火力アップだ。
〈緋色の槍〉やギルドのエリンさんなんかに聞いた話ではダンジョンは出現する魔物の群れをひたすら倒すタワーディフェンス系らしいから、火力と機動力が重要になりそうだ。
ボス単体型ならなんとかなるかもだけど、広いフィールドで複数ヶ所に出現する魔物に対処するには一人でキツい。彼等の成長は嬉しい限りだ。
デイジーは……特に戦闘系のスキルは無いっぽいからなぁ……このランクはソロじゃ厳しいか。何かの拍子に生えてくれれば良いんだけど。まあ格上との戦闘ってだけでも良い経験にはなってると思うけど。
「てか、私の出番が無いんですが」
「カトレアちゃんは……規格外で比較対象にならないというか……」
とりあえずトカゲさんを《空間収納》に放り込みながら言うと、困ったように笑うシシリー。
「火力もですけど、その《収納》スキルも普通じゃないですし。獲物をそのまま持ち帰れるっていうのがおかしいですわ」
「俺の《収納》もそれなりだと思ってたが、この大きさだとなぁ。普通は簡単に解体して売れる素材なんかだけを選ぶもんなんだ」
「いや、お肉とか勿体無いじゃない」
ただでさえ岩喰いトカゲは大きさの割に可食部分が少ないというのに!雑に解体してダメにしてしまうなんて勿体無い。やはりギルドに持ち込んで本職に任せるのが一番だよ。
最近はトカゲ狩りをする冒険者も増えて、素材はそこまで高値じゃないんだけどね。
「それについては同意するが……まあいいか。素材を売って装備をなんとかした方が良いだろうしな」
「そうですね。短剣一本というのは……体力はあるみたいですし、デイジーさんに合った武器は必要ですね」
短剣ってのは護身用だ。勿論、心臓を一突きでもすれば人を殺せるくらいの凶器ではあるが、大きな魔物相手には心許ない。単純にリーチが足りない。実際先程も、デイジーの攻撃じゃお腹の皮が切れたくらいだし。切れ味が良いカッターナイフじゃバオバブの木を切り倒すのには向かないのだ。
いや、勿論この世界は魔法とかスキルというファンタジーなものがあるので例外はあるけどね。
「武器は必要ですわね………でも何が良いでしょうか」
「普通に剣とかで良いじゃないか?」
「うーん、なんかこうウサ耳ッ子は違う気がするんだよねぇ……」
ファンタジーじゃケモ耳娘は定番で、ウサ耳も多いんだけど……そういやあんまり武器を持って戦う前衛ってイメージ無いなー。私が見てないだけかもだけど、魔法カードで弾幕張ったりとか後衛が多い気がする。異論は認めるあくまで私のイメージなので。
「デイジーはどんなのが良い?」
「良く分からないウサ……冒険者になる前は畑仕事しかしてないから武器なんて持った事は無かったウサ」
うーん、そりゃそうか。
どうやら家を飛び出た後も王都で普通の仕事を探していたが、所持金の問題もあって冒険者になったみたいだし。
勇者とか冒険に憧れて小さな頃から棒切れ振り回してたとか、封印された闇の力に目覚めて夜中に儀式をやってたとかじゃないから、思い入れのある武器とか無いんだな。伝説の魔剣とか推しのモチーフになった刀とか魔法少女の変身グッズとかで決め台詞を言ってみたいみたいな。
「そうかオリジナルの呪文詠唱作ったり、世界設定考えたりしないタイプかー」
「格好いい技とか決めポーズとか普通考えたりしますわよね?」
「懐かしいですね」
所謂非オタかと呟くと乗ってきたのはシャルちゃんと意外にもアーク。思わず「え?」っと声を上げてしまったが、「若気の至りです」と二分の笑みを浮かべるので突っ込まない事にした。
これは後遺症が長引く難病なんだ。
「………ともかく、今日の成果でそれなりにはなりますし帰ったら見に行きましょう」
「まあクロフォードじゃ大した物は手に入らないと思うけどね」
「そう言えば、俺達もそろそろ武器も考えたいな」
武器については保留のままだったね。すっかり忘れてたよ。
私達はお昼休憩を挟んで、もう数匹トカゲを狩って町に戻る事にした。
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