第百話「冒険の後のお楽しみ」
基本のプリンは素人でも簡単に作れるデザートだ。
卵と砂糖を混ぜ、牛乳を加えた物を泡立たない様にかき混ぜる。なめらかに仕上げる為に一度濾してから、蒸すか冷やして固めれば完成だ。
「牛乳と卵と砂糖を材料として、卵が加熱によって固まる性質を利用して蒸し焼きにしたもの」が総称としてプリンと言う。元々は野菜やお肉、パンをを卵液と混ぜ蒸し焼にした船上で食材を無断にしない料理だったけど、日本ではデザートとしてのプリンが一般的だろうか。
卵は使わずゼラチンや片栗粉で固める牛乳プリンやさまざまな食材を加えた物、オーブン等で焼き上げたり、牛乳の一部を生クリームにした所謂なめらかプリン。種類も色々だけど、さて今回はどんなプリンが出てくるか。
夕刻、ノルディンに戻った私達は依頼人である〈菓子工房プライア〉の店主トマス・プライアさんを訪ねた。
そういや私、こういうレア素材を入手してくる納入とかお使いとか、ゲームなんかでもお馴染みの依頼って受けた事無かったね。こういう依頼人がいる場合は達成したら依頼書にサインを貰い、ギルドに報告して預けてある報酬を受け取る形になるそうだ。
今回依頼の品はノルディン子爵夫妻の結婚三十周年祝いに出されるデザートに使われるらしい。噂では仲睦まじい温厚と言うか牧歌的なノルディンのイメージが似合う方らしいけど、会った事は無い。
ともかく卵も二つと多めにゲット出来たので、私達はその試作品をご相伴に与れるという訳だ。
「こういうのは役得よねー」
〈菓子工房プライア〉は喫茶スペースも備えている。午後のティータイムとしては遅い時刻なので時折訪れるお客さんも持ち帰りが殆ど。
ミルクティーを頂きながらケイトリンさんが目を細める。
まあ、領主様の記念日に出される特別なデザートなんてなかなか食べれないよね。うち?うちは現金収入があまり無かったからなぁ………。
「食材ハンターって結構大変ですよね?」
「お、興味ある?今回はまだ楽な方かな?皇帝白冠鳥だけは危険だけど。まあ、物によりけりよね」
ユースの質問に嬉しそうに応えるケイトリンさん。
以前にも少し聞いたけど、栽培や飼育出来ない植物や動物など簡単に手に入らない食材の納品依頼を専門に受ける冒険者が食材ハンターだ。
基本的に比較的簡単に入手出来る物は特別に依頼を出さなくても良い訳で、大概は危険を伴う。
常設依頼という形で多くの需要がある依頼もあるが(私達が受けた王都の蟹とか、駆出し御用達の角兎とか)彼等が受けるのは一般には需要が無いけど、好事家とか特別な料理を出したい者が出す依頼である。
今回の皇帝白冠鳥の卵は美味しいけど数が少なく一般家庭で食べられるような物じゃない。普段の食事に一パック数千円の卵とか使わないよね。ギルドでも持て余すような物は常設依頼には載せない。
「今までで一番の獲物は、南クラート海で巨大烏賊を狩りに行った事かな。勿論、単独じゃないわよ?あれは大変だったなぁ」
出ましたよ、ファンタジーの定番食材。ちなみにこの世界ではクラーケンと言えば烏賊と蛸と両方いる。どっちもクラーケンでは困る気がするけど、地方によって同じ物が別の名前で呼ばれたり、同名の別物だったりはよくあるよね。
前世のダイオウイカは美味しくないと聞いた覚えがあるけど、巨大烏賊はどうなんだろう?屋台でイカ焼きみたいのは食べたが、ちょっと気になるね。お刺身は大きさ的に微妙な気がするし、やはり干物か焼きか。でも、丸々使ってイカ飯とか作ったら凄そうだなー。大物は30メルクにもなるらしいけど、魔法でなんとか………
「カトレアちゃん、また変な事考えてない?」
「普通に巨大烏賊って美味しいのかなーって思っただけですー」
ギネスに挑戦!……みたいなのはロマンよね?この世界にはそんなの無いと思うけど。
「まあ、ともかく食材ハンターも面白そうだな」
「そうだね。私達には護衛とかよりは向いてそうですし」
待っている間にケイトリンさんの冒険譚を色々聞かせてもらった。グリム山地の崖に巣を作る緋色巨鳥の卵とか、ラシュアン大河の幻の魚と言われる虹色鱒とか。うん、レア食材で作る料理は料理バトル漫画みたいで興味深い。
当面はクロフォードのダンジョン攻略が目的だけど、その後は皆と食材ハンターも良さそうだね。と言うか、未知の食材を求めて各地を旅するのは楽しそうだ。
「お待たせしました。こちらが試作品になります」
そんな話をしていると、店主のトマスさんがやって来た。
置かれたココットの中身はカスタードクリームに焦がしてパリパリにキャラメリゼされた砂糖。これは……クレームブリュレか!プリンとは似て非なるデザートだけど………
「すっっごい濃厚……!」
試作という事もあって見た目はシンプル。だが、滑らかなクリームの濃厚さ。重くなりがちなずっしりとしたクリームは甘さ控目でふわりと香るのはバニラビーンズとラム酒かな?ブラウンシュガーのパリパリ食感も楽しい大人の味。
元々卵は卵黄だけを使って普通のプリンよりもねっとりと柔らかく濃厚なクリームになるクレームブリュレだが、皇帝白冠鳥の卵は通常の卵より更に濃厚。それが、とろとろのこの舌触りと味わいか。
「~~~~⁉」
プリン大好きシャルちゃんは感想が口に出ず、スプーンを口にしたまま恍惚の表情。大変お気に入りみたいだけど、うん、ちょっとエロいです。
「ベースはこれで、もう少し見た目を華やかにしたいんですけどね」
「ふわぁ、これでもまだ完成じゃないの?」
「俺は十分だと思うけどな」
トッピングするなら、やっぱり季節のフルーツとアイスかなー。この濃厚カスタードはチョコレートとかだと重すぎる気がするし。
「食べる直前にフランベする演出とかも良いんですけどねー」
「ああ、それ良いね!」
しばらくまったりとクレームブリュレの感想とか改良案を出したりと歓談。
ゆっくり観光ではなかったけど、ノルディンの思い出がまたひとつ増えました。
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