第九十八話「Penguin Cafe Orchestra」
進み出る私に対峙する皇帝白冠鳥。
間にいた子達が慌てて左右に割れる。あ、数羽がこけた。きゅいきゅいと鳴いて転がって行く。
「か………可愛い……」
「ボス戦にあるまじき緊張感の無さ」
呟いたシシリーに、気合いが抜ける。
だけど、相手は危険度4。まあ、流石に《全周囲防御》が抜かれるような攻撃はして来ないと思うけど、生身の人間が押し潰されれば無事ではすまない。
ゲームとは違い冒険者として経験は積んでも、この世界はレベルとかステータスで圧倒できないから、防御系のスキル持ちでないなら危険度は低くても=死なないとはならないからね。しっかりお仕事しなくちゃね。
「カトレアちゃんが引き付けてくれる間に、巣を探すわよ!」
「おう!」
「お願いしますわ!」
狙うのは皇帝白冠鳥の卵のみ。皆が走り出し、私は皇帝白冠鳥に小剣を向ける。
「恨みは無いけど、美味しいプリンの為に相手になってもらうわよ!《挑発》!」
「ぎゅいぃ!」
《挑発》に乗ってドスドスと走って来る皇帝白冠鳥。見た目に反して結構な速度で私に迫る。
釣られて他の子達が右往左往と走り、辺りは大騒ぎだ。そして転ける。そんな中をケイトリンさんはひょいひょいと白冠鳥を避けながら進み、ユースは体当りを受けている。
「うわっ、大人しくしろー!」
「きゅぃぃー!」
「ああ、これ確かに一人でなんとかなる依頼じゃないですね。この騒ぎの中で皇帝白冠鳥の卵を探す訳ですか………」
飛び上がった白冠鳥を抱き止めて、アークが嘆息する。下ろしてあげると、また小さな羽をバタバタさせて走り出す。
「あっちはあっちで大変ね───っと!」
皇帝白冠鳥の体当りを右にかわす。幸い周囲の子達は避難してるので、私が邪魔をされる事は無いけど、皇帝白冠鳥は勢い余って逃げ遅れている鳥達にダイブし、騒ぎが拡がっていく。
下手に攻撃する訳にもいかないし、攻撃したら更に暴れそうな気がするよね。
「カトレアさん、このままですと他の子達が危険ですわ!………あ、変な所に潜り込まないで下さいませ!」
どさくさに紛れスカートの中に隠れようとする白冠鳥を必死で押さえつけながらシャルちゃんが叫ぶ。
そうは言っても足止めに使えそうなのが……《火魔法》は論外として、《空間魔法》で逃げてもダイブするのは一緒だろうし、《土魔法》は───
「ええい、渾身の〈転倒〉を食らえー!」
精神力を二倍消費で成功率をアップ!………は、しないけど地面を隆起させて転ばせるアレだ。
「ぎゅい!」
……が、それを皇帝白冠鳥はひょいっとジャンプして難なくかわす。走ってる相手に絶妙なタイミングで掛けるのは難易度高いよ、これ!とりあえずネタでやってみたけど、やっぱりダメでした。
そのまま突っ込んでくる皇帝白冠鳥を避けきれず体当りを貰って、今度は私が飛ばされ群れにダイブ~。
「きゅいきゅい!」
「わー、ごめん!」
落下点にいた白冠鳥が抗議を上げ、慌てて降りる。
うん、ダメージは無し、なんだけど。
こら、そこ、裾を引っ張るな!そして転がってアピールをするな!私は雌の白冠鳥じゃないぞ。
ホント大騒ぎだよ。
「きゅいー♪」
「頼むから退いてくれー!」
「ユース大丈夫~?」
「シシリーさんはモフモフを堪能してますわね……」
数羽に乗られてもがくユースに対し、まだ雛なのか灰色の小さな子を抱っこしてご満悦のシシリー。
シャルちゃんは白冠鳥をかき分けながら、なんとか皇帝白冠鳥のいた方向に進んでいるけど、胸部装甲が厚いせいか思うようにはいかないようだ。
「とりあえずアイツの動きを止めないと……そうだ、これなら!」
白冠鳥は川辺に暮らし、泳いで魚を捕る。走るのも得意とは言えずペンギン同様に飛ぶ事は出来ない。
ならば《竜魔法》で翼を出し、上空に!ふははは、ここまでは追っては来れまい!
皇帝白冠鳥は手が出ない様で私を見上げ、ぎゅいぎゅいと鳴き、私の旋回に合わせてぐるぐると走っている。MOBを空中や崖の上とかから遠距離で嵌めるのは基本の一つよねぇ。
これで時間を稼げばその間に皆がなんとかしてくれる筈。
上からなら地上の様子も把握しやすい。皇帝白冠鳥のいた辺りを見ると他と比べ一際大きい小さな岩を集めた巣を発見。恐らくあれが奴の巣だろう。
「目標を補足!あの辺りにあるわ!」
「おー、それが噂の竜変身?便利そうけど、気を付けて!」
私が指した地点に向けダッシュするケイトリンさんが上空の私に叫び返すけど、気を付けて?
そう思った時、地上から大砲に打ち出された様に接近する影が視界に入る。
それを90度体を傾けかわす。
そのまま水平飛行しながら上を見ると、落ちてくる皇帝白冠鳥の姿。精々30メルク程の低空飛行だったとは言え、ここまで飛んで……いやジャンプしたのか?そんなの聞いてないよー。
あれ?皇帝白冠鳥、下でまだ威嚇の鳴き声を上げているから………まさか別個体!?
ああ、卵があるなら番がいるのか!
「そっちの雌は跳躍力が凄いの!去年もそれで苦労したのよねー」
「そう言う情報は先にお願いします!」
文句を言っても状況は変わらず。まあ、特殊個体が一羽だけと思い込んでたのもあるけど、何処に隠れてたのか。
飛び上がった皇帝白冠鳥の雌が自由落下を始める。体の割りに小さな羽を使って姿勢を制御、私に向かって来るようだ。
「きゅおおおん!」
「空中戦なら負けないわよっ!」
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