第8話 勇者の行状
勇者の話が本当なら私には正統性がある。
この話、乗るだけの価値があるかもしれない。
しかしまだ確かめねばならない。
「勝てないと、あなたは考えているのですね」
勇者は魔王と魔族討伐を命じられた。現体制では為せないと聞こえるが、にわかに信じがたい。それに周辺国をどう押さえるつもりなのか。
「アルタニアは対魔族の要衝。エストマ三国は支援なしでは戦えません。あなたのしたことは、私達が作った秩序を脅かす行為です」
「御為ごかしはやめてくれ。その秩序が持たないからわざわざ手を汚したんだ」
「三国はどうするつもりです? 最悪、いえすぐにでも攻めて来るでしょう。私達に戦えと仰るのですか」
「来てないぜ」
勇者はそう言って窓の外に視線を送った。
見えるのは峻険な山々と断崖絶壁だけなのに。
「いずれ来ます。調停しようにも、こんなやり方通用しないわ。あなた王族をどうしたの?」
私なりに正論を述べたつもりだ。勝算なく事を起こしたとは思っていない。それでも確かめなければ、紙屑同然の手形を受け取ることになる。
「王族はあらかた牢にぶち込んだ」
そんな気してた。殺していないだけマシか。
勇者は続ける。
「エストマ三国は動けない。魔族の相手で精一杯。流通路を断たれた奴らは、俺の言うことを聞くしかない」
やはり補給を断ち孤立させることが狙いか。いくつか想定したものが当たった。
ただし「俺の言うこと」という台詞は聞き捨てならない。頭に叩き込んでおかないと。
「あなたが主導権を握る、そういうつもりなのね」
「さあそれは知らない。短期的にはそうかもしれないが、俺はそんな暇じゃない」
興味なさげな言い草に頭が沸騰しそうだ。こちらは生き死にがかかっている。ダメ、落ち着いて私。
「あなた評判悪いわよ」
「そうかい」
「あなたの行状聞かせてもらったわ」
低く熱を帯びた言葉に勇者は冷めた顔を向けてきた。
「なんだ行状って」
「曰く、王家直属騎士団への挑発行為。
曰く、教会支部を騙った詐欺行為。
曰く、各商会への恐喝行為。
曰く、冒険者組合への乱暴狼藉」
諳じて並べる。どれも都合の悪い話ばかりだ。
勇者はここでああと頷いて見せた。
「あったかなそんなこと」
「あったかなじゃないわ。あったんです。だからみんな知っている。世間知らずの私の耳にすら入ってきた」
「じゃあ事実なんだろう。それがどうした」
開き直った……世の中それで通用したら苦労しない!
「騎士団への挑発行為! 王家直属騎士団も含まれるなら、あなた不敬罪に問われるわ!」
「問われてないぜ」
……言われてみれば。思わずレイモンを見ると、肩を竦めて分からないといった風だ。
「やったのやってないの!?」
我ながらなんて確認の仕方だ。でも私が見たわけではない。それでも真摯に応じなければ信用も出来ない。
そして勇者は、
「やったはやった」
平板な言葉であっさりと認めた。
「やっぱり!」
「あちらが挑発してきたので叩きのめしてやった」
……それただの喧嘩。チンピラじゃないんだから、それでも王家の騎士団なの!
「聞いてません! 都合よく言っても無駄です!」
「いや、都合悪いから伏せてんだろう。たった一人にのされたなんて騎士団も言えんだろうし」
「一人でやったんですか。凄いや!」
レイモンは手を叩きいかにも愉快と言わんばかりだ。違う、王家の騎士団は私達の守り神……だったの今までは。これからは分からないけど。
「王家の騎士団っても支部は腐るほどあるぜ。教会騎士団もあれば病院騎士団もある。他の騎士団だって勝手に支部設けて商売してんだ。利害がかち合えば諍いぐらい起きる」
「そ、そうでしょうけど……」
「なんで俺だけ責められるんだよ」
確かにこれは正論。特権意識はよろしくない。私達は別だけど。
「分かったわ。じゃあ教会についてはどう? 異端者呼ばわりされたくはないでしょう」
「俺は異端者だよ、事実」
……特大の目に見える地雷だった。こいつ黒魔術を使って戦争を起こしたのだ。
「俺は無神論者だ。神なんかどうでもいい。いたら手伝えよくそがってなもんだ」
「詐欺行為はただの犯罪よ」
並べて見れば呆れるような行状だ。しかし呆れているのは勇者も同様らしい。
「面倒だからまとめて答えるぜ」
「構いません。誤魔化しは許さないわ」
「結構。俺は教会も含めて勇者に選定された。だが教会は一銭も出してない。形だけ乗って結果だけ掠め取る算段だ。信仰の成果だなんだと、教会の威信を高めるつもりだろう」
ここは黙って聞くことにする。今の勇者は雄弁だ。話せばボロの一つも出る。
「金出さないなら利用するしかない。こんなご時世だからって贖宥状乱発してる奴らに遠慮なんかない」
免罪符、確かに教会の資金源だ。
「ってわけで護符と守り札を作った」
やっぱり。呆れてものも言えない。あれは教会の専売特許。いくら不信心者とはいえ神様が怖くないのかしら。
「だが俺のは本物だ。だから都合が悪かった。確かに治癒効果はあるし、確かに守護効果もある」
……そんなの黒魔術じゃない。
「効果が高いから、ライバル商品になったんだな。お陰で目の敵にされたよ」
「当たり前じゃない。そんなことも分からないの?」
「続けるぜ」
どうぞと促す。
「商会が誤魔化してる税を分捕った」
「……ダメでしょ」
「仕方ない。もうやった後だ」
「いや両方ダメでしょう! 税は正しく公平に納めるものよ!」
「王族が……」
「それを言ってもね」
勇者の後にレイモンが続いた。レイモンだって王族なのに、そんな言い方ないわ。レイモンだから思わず頬を膨らませる程度ですんだけど、酷い。
「ごめんよ姉様。話を聞こう。続けて下さい」
「あくまで誤魔化してる分だ。あとはそう"誤魔化してるだろ"と丁寧に寄付を要請した。皆、快く承諾してくれたよ」
それ恐喝。というか両方許せない! 私、もっといい服着れたかもしれないのに! そうしたらレイモンがどんなに喜んでくれたか!
私の憤りなど意に介さず勇者は更に続ける。
「その金で商会を買った。みんな幸せ」
謎理論。こいつ自分さえ良ければそれでいいのね。
「冒険者組合は俺の邪魔をするんだよ。だから分からせた」
「あなたが邪魔したんでしょう、どうせ」
「いんや連中は今がいいんだ。今の魔物が跋扈するこの世界が心地いい。仕事に事欠かないからな」
それはそうだろうけど……。
みんな必死に生きている。今の私なら分かる気もする。
だが勇者は吐き捨てるように言葉を放った。
「ふざけんなし」
「何語ですそれは」
「だから分からせたよ。まあ言うまでもないだろ」
「死者出してないわよね……」
「出たよ。俺と戦うのも冒険だ。満足しただろう」
……こいつ、狂暴過ぎる。
・現在公開されている情報
それぞれの騎士団は多くの支部を開いている。魔族との争いが激化している為、事後承認も多い。結果、許認可を担当する者は疲弊する。
・特大の地雷。魔法があり火薬もあるので地雷は存在する。
・寄付の強要。どっちにしろ税金は納めない。
・勇者は殺しも辞さない。タイトル通り。