第6話 勇者登場
最近まで戦闘があったのだろう。
城内には血の臭いが残り、死体の処理跡が生々しい。外でも感じたが、焼け焦げた臭いも混ざっている。
「外で火葬したのか。手間のかかる話だ」
クロウの独り言に案内人は反応を示さない。というより、そもそも人かどうかの判別がつかない。
勇者は五万の機械人形でこの国を取り囲んだという。その一片を垣間見ているのだろうか。
歩いているとレイモンが手を握ってきた。そこに不安は見て取れない。安心してと表情が物語っていた。
大丈夫、私は平気よ。
「こ、こちらで、お、お待ちを……」
話せたのか。案内人に驚くが、ここは城内の最上階。王家の間は一階にあり、ここは王族の部屋だと思われる。
「階段昇らせた挙げ句、待たせるとはどういう了見だ。誰だか分かってんだろうなあ……」
虚勢を込めてクロウは毒づくが、所詮第五王女と第七王子、それと貧乏貴族の次男坊。残党狩りが続く今、こいつらにだって余裕はないはずだ。
外交儀礼など必要ない。
しかしここまで来て気づく。クロウ、どうしよう。
「入れよ」
悩む私を急かすよう、室内から声が飛んできた。
「なんつー無礼な。お気をつけを。もう敵地みたいなもんです」
「違うわ、ただ話し合いに来ただけ。あなたここで待っていてくれる?」
「冗談が過ぎます!」
クロウが声を荒げる。何も知らず、取り乱す彼が気の毒に思えてきた。たかが小娘に、どこまで振り回されるのだろう。
「入れよ」
急かされ、私は扉に手をかける。
クロウを制し待つよう言い含めて。
扉は今、完全に開かれた。
そして閉じられる。自分で閉じるのなんていつ以来だろう。
ーー可能性の扉が閉じられていませんように。
二人揃って部屋へと足を踏み入れた。
目の前には書類に目を通す男が一人だけ。
豪奢な室内に似つかわしくない、武人の風格を纏っている。
年は二十歳ぐらい、クロウとそう変わらない。
ただ体格はいい。背はそれほどだが、引き締まっているのが見て取れる。
「遅えよ。来ないかと思ったぜ」
初対面でいきなり罵倒された。私は、私はともかくレイモンを罵倒するとは。ち、違うわ、私が言われた。あくまで私が我慢すればいい。
顔はきっと真っ赤になっていただろう。
それでもレイモンの為と思えば自然と耐えられた。
「そういうつもりではなかったわ。そもそも、信用出来るか、怪しいものだし」
声が上ずる。私が緊張している。こんな奴に?
男はまた書類に目を落とし、
「そう。で、信用していただけたかな」
興味なさげだ。
私はこんなに緊張しているのに……初対面はお互い様でないかしら!
精一杯堪える中レイモンが口を開いた。
「久しぶりです勇者さん。お忙しいんですね」
思いもしない台詞。レイ、あなた今なんて?
「よう王子。式典以来だな。背は伸びたか」
「そりゃ伸びるよ。まだ伸びる」
「そうだな、まだまだ伸びる」
二人笑顔を交わして……って、式典出てたの!?
「レイあなた……」
「ごめん、知ってると思ってた」
知ってたらこんな反応してない。というか印象聞かせてよ先に! 面識あるんじゃない!
「し、知り合いでしたの」
「ただの顔見知りだよ。そっちは王族だからな。下々のことなんて興味ねーよな」
「あなたの主張に味方したの僕だけですからね」
「味方? なんのこと?」
「姉様、クロウが話していたお金の話さ」
……なんのこと。思い出せるのはそう、支度金。百万ゴールドのこと?
「え、あなたそれ、いくらか分かってるの?」
「もちろん。大した額じゃない」
「そんなわけないじゃない! あなた自分で稼げるの!?」
声を荒げると、
「王族がそれ言っちゃお仕舞いだ」
「うん、難しいところだよね。稼げるとも言えるし、稼いでないとも言える」
「稼いでねーよ。ピンハネしてんだ」
「見解の相違ですね」
なんでそんなに仲いいの。
「あなた達仲良かったのね」
ある種ホッとした。これなら話は通じそうだ。私は鳥かごに自ら飛び込んだ間抜けではないらしい。
「仲は別によかねーよ」
「うん、仲というほどではないね」
良くていいのだけれど。
「さて本当の仲良しになれるか、答えを聞かせてもらおうじゃねーか」
勇者はそう言って書類を手放した。
・土葬と火葬。
山岳地帯、高地の城であるため場所を取らない火葬が選択された。
教会は火葬を禁じてはいないが、土葬が一般的。