第59話 オーランド・ルーベンス2
オーランは淀みなく話し続ける。
「人権や平和を謳うのは結構ですが、転生者達は魔族までそこに含めてしまった。そんな馬鹿な話あり得ない。しかし事実上転生者に支配された勢力は魔族も含めた平等を主張し、北ルナリア各勢力の過半数がそれに賛同するという異常事態が起きたそうです」
思想戦、情報戦の類か。恐らく勇者の得意とするところではない。社会的存在とは言えないあいつの最大の武器は、出鱈目な強さなのだから。
「詳細な経緯は私も知りませんが、結果として人類と魔族の共存という妙な社会が誕生してしまった。おかしな話でして、今までとて棲み分けしていたのだからある意味共存していた。しかし同じ社会に組み込むのは無理がある。そうして見えない生け贄というシステムが構築されてしまった」
人が人を飼育する、魔族に捧げられる生け贄として。こんなものを殺戮の勇者が認めるはずがない。いくら常識がなく、社会的存在でなくとも命の価値は奴だって認めている。私の自由も。
「生け贄というシステムは一部食人を行う魔族の為に構築されたものです。ちなみにこいつらは手強いらしい。そしてこのシステムは社会の隙を突いて造り上げられた」
「かなり難しいと思うのですが」
私見を述べるとオーランはかぶりを振り、
「異世界日本という国では多い時で年間三万人の自殺者が出るとのこと。北ルナリア全体で見れば人口は既に日本とやらを超えている。仮に同数とすれば三万人の中から生け贄用意すればいい」
残酷なことを言ってのけた。口を曲げ不快感を表す彼に私も同意し頷いてみせる。
「とはいえ全員は無理ですね。人生を諦めるのと生きたまま食われるのは別物ですし。というわけで次は罪人が対象となる。刑務所は事実上の食糧庫と化します」
「そんな……」
言葉に詰まるが尋ねたのは私だ。
「その他思想犯などを取り締まる収容所なども同じ。そして人口が増えたことであぶれる輩は必ず出てきます。どれだけ高度な文明圏を築いても、私のよう戦奴隷や傭兵などしか出来ない奴はいるもんです」
オーランは自嘲気味だが今では司令官である。かつてを思えばということだろう。
「こういう手合いに日雇いの仕事を与え各国を巡回させる。そうして計画的行方不明者が出来上がる」
ああ、結論が見えてきた。これは勇者でも対応出来ないかも。
「まずは自殺者の数を把握する。次に犯罪者、そして政治犯などの反体制派を管理する。加え日雇い労働者に各国を行き来させれば、魔族に引き渡す現場を押さえるのも難しいとのこと」
そういうことか。全ての問題の本質は、
「対象がどこにいるか分からない、ということですね」
「そうなります。有力魔族や魔王そのもの、或いは女神がどこにいのるかが分かれば殺戮の勇者はとっくに決戦を挑んでいます。転生者も含め、実力者は皆北ルナリアという広い大地のどこかに潜んでいる。もしかしたら南ルナリアに下っているかもしれませんが、どちらせよ分からない」
オーランの説明でようやく理解した。勇者は手詰まりとなったのだ。どこかにいるのは間違いなくともそのどこかが分からない。そうなる前に手を打つべきだったとも言えるが、今となっては虚しい考えだ。
オーランは付け加えるよう口を開いた。
「勇者達とて馬鹿ではありませんから対応はしていた。しかし過半数を取られることは想定していなかったのでしょう。ただ転生者を狩ればいいという話ではなくなってしまった。そして劣勢に立たされれば方針を変えねばならない」
「だから南ルナリアを含め、まず数の力を拮抗させたいということですね」
「それもあるかもしれません。ですがどうやって陰で操っているのかが問題なのです。北ルナリア各国の国家元首は実際は責任者ではないケースが多い。勇者達は誰を仕留めればいいかと考え、まずは女神を仕留めるしかないと考えた」
そういうことか。そうして勇者は理解した、女神は一人ではないと。捕縛した時あいつはどう思ったのか。やはり女神と直接会って話さねばならないか。何より魔王とやらが表に出て来ず戦おうとしない姿勢は、武力を最大の武器とする勇者を事実上無力化する有効な手立てと言えよう。しかしこれには穴があるような……。思案気な表情を察したかオーランは頷いた。
「お察しの通り北ルナリアを壊滅させて解決するなら、奴はそうしています」
「それは、解決ではありませんよね……」
「皆殺しにせずとも、対立する勢力を殺戮して解決するならそうするでしょう」
「皆殺しもしなくていいと思います」
「しかし奴は殺戮の勇者と名付けられ今に至ります。つまりある程度やってみたんでしょう。これは私の推測ですが」
やってるよねー私もそんな気がする。




