第58話 オーランド・ルーベンス
オーランの部屋は別館にある。重そうなベッド以外は殺風景で、彼がアルタニア城に滞在することが滅多にないことが読み解ける。窓際から処刑の様子を眺めていた彼は見飽きたのか元いた椅子に腰掛けた。
「こんな遅くにどうされました」
いつもなら休ませろと口でも態度でも示すオーランだが、不満の色は見て取れない。多少人間関係を構築出来たからだろうか。対面の椅子に腰掛け私は彼に問いかける。
「先程フィリップさんとお話してきました。クロウとも話したのですが、彼に転生者狩りは魔女狩りと変わらないと言われてしまいました」
「そうですか。とんだ勘違い野郎ですね」
無論クロウのことだと分かっているが手厳しい。
「私なりに反論しておきましたが、クロウの言い分は一理あります。フィリップさんも一般人には分からないと仰っていました」
「そうなるでしょう」
「そこでなのですが……」
私は椅子を持ち上げオーランとの距離を縮める。
「勇者は北ルナリアで一体どう対処していたのでしょう。昨夜の戦いから皆殺しにするわけではない、と理解はしました」
勇者は死にたがりの転生者を相手にしなかった。そしてオーランはその転生者の素性を知りたがっていた。無論リクルートの為だが、相手はウェンヴェールに属する転生者と思われ引き抜きは簡単ではないだろう。
私の疑問にオーランは小さく頷いた。
「北ルナリアですか。私も見たことがないので伝聞になりますがいいんですね」
「ええ、冒険者ギルドに伝手はないし勇者も詳細までは話してくれないので」
「まだ話す必要を感じていないだけでしょう。なるほど私が適任かもしれません」
オーランは扉に目を向けて何かを思案した後、
「ここから話すのはあくまで勇者の言い分とご理解下さい」
一つ前置きをした。頷き先を待つ。
「転生者とどう向き合うかは北ルナリアの住人とて苦慮したと思われます。およそ百年前北ルナリアに魔王と転生者が現れ、どうやら女神が絡んでいるらしいと判明した。判明した経緯はどっかの転生者が口を割ったか滑らせたんでしょう。事実、勇者は一人だけ女神を捕縛している」
私もそう聞いておりいずれ会わねばならないらしい。この女神を神だと私は思わないが、オーランや皆はどう考えるだろう。気になるところはあるがまずは話を聞こう。
「当初北ルナリアの住人は転生者とは必ずしも敵対していなかった。実は魔王とも敵対していなかったそうです。魔王が何者かは言うまでもなく魔族の長、と言いたいところなのですがどうも違うらしい」
「そうなのですか?」
「魔族も一枚岩ではないので。魔王はともかく転生者は文化の伝道者でもある。これにより北ルナリアは飛躍的な発展を遂げた」
オーランはズボンのポケットから懐中時計を取り出し、
「例えばこれなどは転生者によりもたらされた。ルナリアの歴史にこのような精巧な代物はまずありえません。銃などもそれにあたる」
私も愛用しているので同じく取り出しお互いに見せ合う。彼は私のそれを見て「年代物ですな」と呟いた後続ける。
「これだけなら問題は起きなかったかもしれませんが、転生者達の存在は北ルナリアの各勢力にとって厄介な存在でもあった。つい最近まで部族社会だった地域が突然都市国家のよう発展してしまう。転生者という高度な社会で生きていた者達のエリート層、或いは知識ある者が口出しするわけです。そうして未開な社会は国家へと変貌していく」
ただ文化の伝道者では済まなかったということか。どういう世界か詳細は把握していないがかなりの発展度だと聞いている。
「ここで勢力が争いが起き始め、実は転生者同士も敵対関係となり始めます」
「転生者同士で戦っていたのですね」
「そうなりますが、こうなれば北ルナリアの真の実力者は黙っていない。勝手に来た挙句勝手に戦争を始めてしまうわけですから。当然殺戮の勇者をはじめとする戦闘の専門家に鎮圧されます」
妙なことを言っている気もするが、違和感はあってもとにかく説明を聞こう。
「戦闘は鎮圧されても転生者はいなくならない。むしろ増えたそうです。そして飛躍的に発展した北ルナリア各国の人口も着実に増えていく」
食料問題の解決は南ルナリアも恩恵に預かっている。これらは転生者あってのことか。やはり南ルナリアもその影響を強く受けている。勇者達が転生者を皆殺しにしないのはこれが理由だな。
「小さな争いはともかく、発展と共に各勢力が確立されます。ここで問題が起きた。それが民主化の名の下に行われる強制的な共存であり、自由・平等・博愛というスローガンです」
耳障りのいい話だ。そしてやはり、クロウは確かな情報を持っていたか。




