第57話 フィリップ・ファルツ・メルン2
第三王子、二十四歳というフィリップ氏は、
「我々に利用されたギーブには気の毒ですが仕方ありません。戦争のきっかけとなるかもしれませんが、人格と能力は別物です」
冷たく突き放した。忌憚のない意見はやはり元王族を思わせる。そこまで言うなら尋ねてもいいだろう。
「あなたの本心は我が聖王国と戦うことにありますね」
「いえ、私の望みは私がどこまで今後の戦いにおいて役立つかを知ることにあります」
そう言ったフィリップ氏はテーブルに肘を突きかけたが、すぐ居住まいを正している。お互い元王族、礼儀も何も必要はないだろうとは思うが気にしているらしい。
「私は魔法の使い手です。戦闘能力自体はさして高くありませんが、有用な使い方はあるでしょう」
戦闘はそれほど得意ではないのか。そして前線の視察に出ていた……なるほど意図的に責任を回避したわけだな。したたかな男だ。
「どう有用なのでしょう」
「私は解析系の魔法使い。これは転生者にも得意とする者がいるらしく、人材の育成には欠かせません」
才能を見極める力があると。ここまで明確に嘘を吐かれるとは思わなかった。だから、
「実際は転生者を見極めることが出来る、ということですよね」
冷たい眼差しを向けると彼は一瞬不適な笑みを浮かべ、すぐにそれを取り繕った。
「殿下、エストバルの争乱における転生者の存在などごく僅か。全て見極めてみせるとはとても言えません」
「だとして本当にオーランの麾下で構わないのですか?」
転生者は南ルナリア北西部を事実上占領している。これに反転攻勢をかけるのも重要ではある。しかし勇者が言うよう北西部は最激戦区となるだろう。だからと東に目を向けても我が聖王国がある。よくよく考えれば二正面作戦、本当にうまくいくのだろうか。
ほんの少しの懸念が浮かんだがフィリップ氏は構わず応じた。
「オーラン殿は有能な戦士かつ指揮官。麾下に加わることに躊躇いはありません。ですがシスティーナ様は本心を話せと仰りたいわけですね」
「出来ればそうしていただきたいなあと」
語尾を濁らせ意識的に弱々しく応ずると、
「無論聖王国を含めるナルディニア地域との戦いも捨て置けません。今更恨みつらみは述べませんが、国力差を考えればそもそも想定すら出来ない戦争でした。どちらでも構わないと言えればどれだけ楽か」
フィリップ氏は溜め息を吐き本音を吐露した。そうして続ける。
「無論聖王国と一戦に及ぶなら彼らがどう戦うのか知りたい。我々を蔑ろにした者達が殺戮の勇者とどう向き合うのか、こんな見物はありません」
まるで見世物みたいに……こちらも溜め息を吐きたくなったが、
「殿下、殺戮勇者の使い方を誤ると手酷い目に遭うでしょう。転生者を見極めることなど魔法も使えぬ一般人に出来るはずがない。教会も含め彼の行いはまず理解されない。そして強大な力の恩恵にあやかろう、利用してやろうと思う者達は数多いるとお考え下さい」
自分も含め考慮しろ、彼の顔付きからはそう読み取れた。確かに彼の主張は常に懸念すべきものだ。騙し合い利用し合うのは何も王族の専売特許ではない。階級を問わず平民の社会にも当然のよう存在する。例えば殺戮の勇者を利用し、援軍もまともに送らなかった国に報復して殲滅してやろう、とか。
懸念は常にあるがしかし勇者は気にもしないだろう。あいつは目的意識が強く明確な標的がいる。この時点で自己完結してしまっている。むしろ我々こそが懸念すべき点と言っていい。
それはともかく彼は本心を明かしてくれた。やはり聖王国との戦いに参戦したいのだ。どうせなら目の前の彼に我が家を血祭りに上げてもらおうか。と、物騒な発想も出てきたが、
「ところでフィリップ殿は魔王や女神について知識はありますか?」
話を変えると、フィリップ氏は端正な顔立ちをこちらに向けまじまじとと見つめている。こちらもつい、イケメンだなあと見つめていると、
「女神はともかく魔王について私は知りません」
実に素朴な答えが返ってきた。確かに、女神は転生させる力がある存在。一方魔王について私は詳しく知らない。これは一般的な話なのだろうか。
フィリップ氏はなぜ勇者に確認にしないのか、と不思議に思っているらしい。怪訝な顔を見せているが知らないのならまあいい。では次だと切り替え、居住まいを正し二十四歳の青年と向き合う。私の様子からフィリップ氏も姿勢を正した。
「フィリップ氏はご結婚されていますか?」
「いえ、この状況ですから婚姻も何もあったものではありません」
「でも恋人はいますよね」
「さて、いませんが殿下、一体どういう意図でしょう?」
そんなにはっきり口にしなくても……ぶつくさ言いたいくなる気持ちを抑え、
「身近な方の人間関係は把握しておかねばと思っただけです」
誤魔化すと、
「要するに恋の話がお聞きになりたいということですね」
その誤魔化しは秒で露見してしまった。そうして、
「元は小国の第三王子。殿下のお耳を喜ばせるだけの話があるか否か……どうしてもと仰るならご披露致します」
暗に「聞かない方がいい」と顔に出し彼は頭を下げていた。嘘でもいいから聞きたかったな、と私も顔に出ていたかもしれない。




