第56話 フィリップ・ファルツ・メルン
日も完全に暮れたがアルタニア城は爛々と瞬いている。ハランドを連れ勇者の部屋に向かうと、昨夜の戦闘で裏切った者達を今から処刑するのだと説明を受けた。聞いてはいたが今夜だったのか。
東西エスターナの代表団は昨夜捕縛され、仮の統治者を務める勇者は「面倒なので処刑する」と結論を下した。私も誰も異論を挟まないのは、あくまで一部処刑であり他は追放処分となったからだ。エストマ三国、及びアルタニアからの追放処分。随分寛容に思えるが「勇者を翻意させて欲しい」と言ったアルベルトは嘘をついたわけではない。懸念していただけだ。
その勇者にクロウの件を伝えると、
「どうでもいい」
と投げやりな許可が下りた。クロウの動向を探っていたが裏切り者ではないと判断したのだろう。となると側近を必要とする私の問題になる。本当にいいのかと念を押すと「好きにすりゃいい」と突き放された。
クロウにこの件を伝える為階下に降りると、二階の会議室でフィリップ氏とクロウが会話を交わしていた。まだ探りを入れているのか。些か呆れるけれど彼には手土産が必要なのだ。何か用意してあげられればいいのだけれど、今は浮かばない。
開いている扉をわざとらしくノックすると二人は私に気付き、フィリップ氏だけが頭を下げた。会議室に入りクロウに告げる。
「さっきの話だけれど、どうでもいいので好きにしろとのことです」
「では今晩出立させていただきます」
クロウが平板に応じると、
「君と敵味方に分かれるのは残念だよ」
フィリップ氏はそう言い別れを惜しむような表情をしている。クロウは言葉を発しないが、私はそれを白々しいと感じていた。勇者に言われずとも、誰もが平然と偽りを述べる姿など王宮で嫌という程見てきた。私が思うにフィリップ氏の本音は「聖王国ナルタヤは絶対に許さない」というものだ。あえてエストマ三国でオーランの下に付くと主張していたが、本心は東への配置を希望しているはずだ。
「フィリップ様、戦争になるとは限りません」
「そうだった。我々は同盟国だものな」
クロウに棘のある言葉を返すあたりやはり含むところがあるのだろう。
「道中の無事を祈る、と言いたいところだが出立は明朝でよいではないか。もう遅い、レイモン殿下にも挨拶していないのだろう?」
「そう……ですね。ではそうさせていただきます」
クロウは躊躇いながらもそう告げ会議室から去っていった。広い会議室に残された私は椅子に腰掛ける。ハランドは護衛だが、フィリップ氏を信用しているのか会議室の入り口に向かった。それでも護衛出来るということなのだろう。
「あの新顔は勇者殿のお連れのようですね」
「そうなのですね。私は詳しく知らなくて」
ハランドはアルタニアの騎士ではなく兵士でもなかった。オーランと似たようなものだろうか。全員の経歴を把握出来ずとも、ハランドぐらいは確認していいかもしれない。
向かい合う位置に腰掛けたフィリップ氏は、
「システィーナ様、我が国をお助け下さり感謝の念に堪えません」
突然、深々頭を下げてみせた。ほんの少し驚きはしたが、半分程度は本音だと受け止める。私ではなく勇者に対するものだとしても。こちらも本音をお返ししておこう。
「私は何もしていないのです」
「とんでもない。何も出来なかったのは我々です」
フィリップ氏は後悔の念を湛えつつ話し始める。
「父の選択は誤りだった。私は前線の視察に出ており実情を掴むことも出来ませんでしたが、奴らと手を組むなど正気とは思えない」
「極刑をもって罪は贖われました」
端的に告げると、
「しかし我がメルン家は何もしておりません。過去を思えばシスティーナ様のお血筋はこちらの出。我々の非礼は武功を上げることでお返ししたく存じます」
堅苦しいこと言うなあ。だけどやっぱり私の家はこちらの出だったのか。旧王族の人間が言うのだからそうなんだろう。とはいえ知らない過去の話を蒸し返しても仕方ない。彼とは長い付き合いになるかもしれないのだし。
調子を変え尋ねてみる。
「フィリップ殿は地下に逃げ込んだ騎士のことはご存じですか?」
「ああ、ギーブですね。奴はもう逃げましたよ」
「そうらしいですね。妹君はよろしいのですか?」
「聖王国の世話になるなら安心です。本国では困りますが」
そう言うフィリップ氏からはなんの動揺も見て取れない。仮にも実の妹が、これから敵対する聖王国に逃亡した結果人質になるかもしれないのに。あまり兄妹仲がよくなかったのだろうか。
「システィーナ様、私とてセイラのことは案じております。しかしあれは事情も知らず上二人の兄の言うことを信じてしまった。ここにいても苦しむだけです」
私の心中を察したのかフィリップ氏は手を組み説明してくれた。
セイラという王女は、ある種私と似たような境遇だったと言えるかもしれない。だとしたら、憎しみつつこの城で私に傅くのは気分も悪かろう。傷口が広がっているような気がしないでもないけれど。




