第55話 クロウ・レッドフィールド2
執務室に沈黙が居座っている。やはり切り出し方を間違えたか。人殺しとか殺戮とか、魔女狩りとかの話をしていたのだものね。もっとこうソフトな話題の時に……って、そんな話題どこにもない。帰国したいって言ってるわけだし。
二人お見合い状態になってしまったので、
「どうしても帰国したいなら私を人質に取ればよいと思います」
話題を変えてみる。これでどうだ。
「……殿下、頭でも打ちましたか」
しかしクロウは見下すようこちらを見ている。なんか嫌悪されてる感もあるな。これも間違いか。致し方ない恋人の話は諦めよう。
「えっと、友人の転生者が殺された件の申し立ては、記録として残すよう実家に掛け合います。聖王国も転生者については把握していると思うので対応してくれるかもしれません」
「それを戦争のきっかけになさる気か。私を口実にすると」
違う違う! そんなこと言ってない!
「勇者本人には言い辛いでしょう? 言っても無駄だし。でも理由は教えてくれるかもしれません。私から確認してみましょうか?」
「……殿下は自由になったと勇者は言ったのでしたね」
はいと頷く。クロウの態度がなんか変わってる。
「ああ、それでですか。自由にも程度というものはありますが分からなくはない。確かに神輿に徹すれば一定の自由は得られましょう」
そうかもと今一度頷く。恐らく神輿に徹することは出来ないだろうけど。
「システィーナ様は自由であり、好きに恋愛すればいいと唆されたわけですな」
唆されたわけでもないと思う。事実だから、たぶん。クロウは呆れたと露骨に態度で示し、
「ご自由になられたこと実におめでたく思います」
「ありがとうございます」
「ナルティア家の殿下に対する扱いは私も苦々しく思っておりました」
「はい、理由があったそうです」
「それも勇者から聞いたのですね」
素直に三度頷いてみせた。
「で、なんの脈絡もなく私に恋人がいるか確認されたと」
「すみません、どうしても訊いてみたかったので」
やはり素直に頭を下げる。たぶんそういう流れではなかった。いや確実に。転生者とはいえ友人の死を悼むべきでした。私は非常識な人間で世間知らずな王族です。反省しています。そうして子犬のよう様子を窺っていると、
「王たる者がそう卑屈になるものではありません」
怒られた。ではどうしろと。
「まあいいでしょう。殿下も一応女性だ」
一応ではなく確実です。これは怒っていいところだよね? しかし憤りを表す前に、
「そりゃ女の一人や二人いて当然でしょう。ですが私に色恋の話しろなどとは殿下も落ちぶれたものです。見る目がない」
なぜ……訊いてはいけないの? 普通は恋の一つや二つ語れ、私が語れない奴だった。いやいや、だからこそ聞きたいのだけれど!
「システィーナ様、私が真面目に女性と付き合う男に見えますか?」
「えっと、分かりません」
「真面目ではない奴です。気を付けた方がいい、こういう男は多い」
諭すよう告げているがやっぱりちょっと見下されている。だがしかし、この点は仕方ないのよ。私は未経験者。初心者なのは間違いないのだし。友達もいないし……。まずい、即位の式典の前に落ち込んで寝込みそう。前半生を思い憂鬱になる私に、
「それでも真面目に付き合ったことはあります」
クロウは冷静に応じた。
「その話を聞かせて! お願い!」
体裁もなく食いつくと、
「我が家の窮状を知った途端掌を返すよう別れを告げられました。うちは貧乏貴族で病弱の妹がいる。恋など現実の前では一瞬で覚める代物です」
凄く嫌な現実を突き付けてくるな。これが体験談、経験者は語るというものか。私には召喚魔法を習得するよりも難しく思える。羨ましい。羨望の眼差しを向けていると、
「殿下、もしかして羨ましいとか思ってません?」
「いえ全く。お気の毒過ぎてそんな女、海で溺れてしまえばいいと思いました」
ちゃんと気持ちに寄り添わないと。経験がなくともそれぐらいは出来る。すると、
「殿下、もし私が今でもこの恋を引きずっていると言ったら?」
「溺れてしまえとか言ってごめんなさい……」
「いえ、引きずっていないので海で溺れてしまえという気持ちは別に構いません」
それ引きずってない? 根に持ってない?
「どちらにせよ晴れて自由の身になったというわけですな」
そうしてクロウは、
「だったら私も早く自由にして貰えませんか?」
当然の要求を口にした。はい、勇者に掛け合ってみます……。
 




