第54話 魔女狩り
こちらはあくまで冷静に答える。
「しかし対象は転生者なのですよね?」
「だからなんなのです? なんの罪もない人間を殺してよいと殿下は仰いますか」
「はい」
端的に応ずると彼は呆れたと態度で表した。
「殿下、転生者はそのまま転生しただけです、事実だとすれば。私が知る転生者はただの冒険者で罪など犯しておりません」
「そうでしたか。でしたら予防的な殺人なのでしょう。仕方ありません」
「何がどう仕方ないのです? 裁判どころか罪状も存在しない。殿下はそれをお認めになると仰るか。逆の立場になって考えてみてはいかがです?」
「その想定はあり得ないので無理筋です。転生したというのならもう一度転生すればよい。これが勇者の言い分であり、私も以降同じことを言うでしょう」
一応私の片腕と想定される者に事実を突き付けるのは心苦しいが、勇者と転生者のどちらを取るかと言われれば私は勇者を選ぶ。理由は述べるまでもないだろう。
「法律はどうなるのです」
「つくっても構いませんが文句は女神に言って下さい」
「殿下、女神など実在するかも分からない」
「勇者は一人の女神を拘束しています。いずれ引き合わせると言っていました」
クロウの知らない話であったらしく、彼は軽く仰け反った後唇を噛んでいる。足止めを食らいさすがに根気が尽きてきたか、感情の動きを抑えきれないらしい。
「だとしてどう証明するのです。これは魔女狩りだ。勇者が転生者だと言えば殺していいと仰っているのと変わりない。正気とは思えん」
「では見分けが付けばよいのですね」
「そういう問題ではない!」
わざとらしく声を荒げているが、彼とて問題の本質は理解しているはずだ。確かに勇者の行いは魔女狩りと言われても仕方なかろう。そしてその基準は全て勇者に委ねられている。これは異常だ、それは認める。だからこその聖魔法であり、そして北ルナリアは事実上陥落した。
「勇者の経験則によるこいつは危険だから殺す、という基準が受け入れ難いものなのは承知しています。ではどうしろと言うのです。北ルナリアが陥落したと言ったのはあなたですよ?」
「北ルナリアの問題と転生者個人の話は別物だ」
「そうはいかない。私は統治者だ、王族でもある。人が人を飼育する、魔族に捧げられる生け贄として。貴様がそう言ったのであろう」
あえて強く反駁するとクロウも負けじと反発してきた。
「問題がある転生者がいるのはそうなのでしょう。だから皆殺しにすると仰せになるのか」
「そもそも皆殺しになどしていない。話をすり替えるな」
「私の知る転生者は目の前で殺された。命乞いしているにも関わらずだ!」
「不服があるなら女神に言えばよい。ルナリアに異世界の転生者が必要と誰が言った?」
「転生させられたのかもしれない。神の行いにケチをつけても詮無いだけです」
この発言、つまりは根拠を持っていないということだ。しかし勇者はどうか? 恐らく根拠を手に入れている、女神を捕縛したその日から。クロウの表情から覇気が失せ始めた。彼の言うことは通常であれば正しいにも関わらず。
勇者の行いは傍目から見ればただの殺人だ。真豪事なき殺戮と言っていい。しかしこれがルナリアの現実で、避けては通れない深刻な事態をもたらしている元凶でもある。だからこそ、
「聖魔法の万能性を侮って貰っては困ります」
口調を元に戻し、
「この女神を神とするのは不正確でしょう。ジョルダード教、聖ルナリア教会双方共に絶対に認めない。聖典にも教典にも記されていませんから。女神だと本人と転生者が言っているだけです」
現実を突き付ける。勇者の行いが非道な殺しであるならば、女神とやらの勝手な行いはどうなのだ。転生者狩りの専門家がいるルナリアに転生させ続ける非道はどうなる。殺される可能性が高いというなら、神だというなら他所の異世界にでも転生させればいい。どうしても転生させたいのなら。
「女神の都合など知ったことではありません。むしろ女神とやらの行いは不自然です。殺戮の勇者が何人殺せば転生させることをやめるのです? これでは転生という名の侵攻ではありませんか」
無論不利益ばかりだと言わない。異世界の知識は我々とて既に流用しているだろう。この争いは北ルナリアから始まり百年続くと言われている。南ルナリアにおいてはここ十年だが、奴らは北ルナリアを陥落させ定着してしまった。転生者の統治力が北ルナリア各国のそれを上回ったからだと勇者が明言している。だからと諦め受け入れ付き合う理由にはならない。
「結論をお伝えします。だったら女神を狩り殺してしまえばいい。これがルナリアに平和をもたらす唯一の方法。女神とやらはいつまで転生者を送り込むつもりなのか。私は認めない。我が名において全ての女神を駆逐する。ついでに魔族と魔王も殺します」
「出来もしないことを堂々と仰るようになった。その目で北ルナリアを見たこともないでしょうに」
彼の皮肉にも勢いがなくなってきた。勇者に入れ知恵されたと諦めたか。
「気持ちは分かるわ。突然友人を殺されれば誰だって傷つきます。だけど私は勇者と同じことをするようになってしまうでしょう。仮にもナルティア家の人間であり聖魔法の使い手なのですから」
「やはりそれが奴の真意でしたか。いいように利用されるだけだ」
「お前は自由だと言われました。というか、私でないならレイモンが担う役割ですから私である必要はないかもしれません」
まあ私の方が悪魔とされている者達との相性はいいのだろうけど。とはいえこれは伝える必要もない。そんな私に、
「どうしてこうなるのか……いいように利用していたのは私なんですがね。あいつはいい奴でしたよ。あちらでは大学生で不慮の事故で亡くなったらしい。人生をやり直せる、転生ボーナスとやらを手に入れたのだと張り切っていましたよ。そしてそれは聖王国や社会に利益をもたらした。しかし勇者は奴を殺してしまった、なんの躊躇いもなく。あいつの人生はなんだったんでしょう」
クロウ・レッドフィールドはやり切れないと吐露するよう零してみせた。しかし私にとってそれは重要ではない。
「気持ちは察しますが私にとっては結論が出ている問題です。ところでクロウ、一つ訊いてもいいですか?」
「なんです」
不機嫌な彼に、
「あなた、恋人いましたっけ?」
恋人の有無を訊いてみる。恋愛関係の話の切り出し方ってこれでいいのかな。経験がなさ過ぎてよく分からない。