第52話 地下室にて2
私がこれから何をすべきでどうあるべきかは理解した。
勇者はここでトーンを変えこちらを見据える。
「さてここからは王女殿下にとって重要な話だ。ご実家の件についてお話ししたい」
「分かりました」
とっくに覚悟はしていたのですんなり応じられた。我が聖王国ナルタヤはアルタニアを見捨て、転生者や魔族と話を付けてしまった。これから何が起きるかは明白だ。
「以降状況が整い次第ご実家と戦争になるだろう。相手は過去、南ルナリア最大の宗教勢力だったジョルダード教を退けた聖魔法の使い手ナルティア家だ。かなり増長されているので恐らく話し合いには応じない。さてそれでもいいだろうか」
「構いません」
「遠慮なくやるがそれでいいんだな」
「それは私に確認することなの?」
「むしろそちらが決めることなのだが」
真顔で述べる勇者を見て頭を掻く羽目になった。言われてみればそうだ。そもそも実家のことは私達が一番詳しい。無論勇者が詳しく調べたことも知ってはいるが。
「そうですね。決めるのは私ですがどう戦うかは皆で考えましょう」
「了解した。では皆殺しも視野に入れて計画を練ろう」
……さすがに皆殺しにはしなくていいと思うのだけれど、しかしアルタニアの立場を思えば考慮したという事実が重要か。私は新生アルタニアの国王となるのだから。仕方なく頷く。
「では次、こちらは些か伝え辛い話だが一応しておく」
「何よ、あなたが遠慮するなんて珍しいわね」
らしくないと表情でも伝えると、
「王女殿下、君は誰の子だったかな」
冷めたトーンで勇者は応じた。父の話か。
「父はダナクレトス・ユラル・ナルティア。母は平民出のエメリ・アラーズ。商家だから裕福な家庭ではあったそうよ」
「なるほど。こちらの出だがアラーズの方はビジネスに舵を切ったと」
一つ頷きもう一つの実家に思いを浮かべる。自由で裕福な家庭だったと聞いている。しかし母はナルティア家に嫁いでしまった。よりにもよってナルティア本家に。過程まではよく知らないけれど。
そんな私にお構いなく勇者は続ける。
「ではレイモン殿下はどうだ」
「母が違うのよ。ナルディニアの名門、モラン家のアエノール・モラン」
「そうか」
「そうよ」
短く応じたが、僅かながら勇者に躊躇いが見られる。一体どうしたというの。もしかしてあの話をするつもりではないでしょうね。身構えると、
「今更だが、先日レイモン殿下と俺がここで話していたことは知っていると思う」
やっぱり。どうしよう、こいつは私が聞き耳を立てていたことに気付いている。その話には触れるなと命じるべきだろうか。それともいっそ相談してしまう? こいつに? 人として全く信用出来ないこいつに? 迷っている間に勇者は口を開いた。
「レイモン殿下は随分あなたにご執心のようだ」
「姉弟ですもの、当然でしょう」
「そうだな、確かに血は繋がっているしナルティア家の人間だ」
ん? どういうこと。思わず怪訝な顔をしてしまう。
「私達の父親は同じよ。姉弟で間違いありません」
「いや、正確には父親も違う」
勇者は努めて冷静な表情だが何を言っているの。そんなわけ……。
「ナルティア本家には父親が二人いる」
「そんなわけないでしょう」
一言をもって切って捨てたが、
「一人は事実上幽閉され種馬扱いされている。王女殿下、自らが受けた仕打ちをもうお忘れか」
勇者のそれは哀れな羊を見るような口振りだった。いきなり何を言い出すの……嘘に決まっている。
「ちょっと待って、誰がそんな嘘をついたの?」
「残念ながら事実だ。俺が元々レイモン殿下を担ぎ上げるつもりだったのはご存じだよな。その際経歴を洗わせていただいた。父親の名はアンジュー。聞き覚えがあるだろう」
アンジュー……叔父だ。父ダナクレトスの弟。
「聞けば過去、ダナクレトス王は自分の生殖能力に不安があったそうだ。聖魔法を使い過ぎたのだろう、研究のし過ぎと思われる。そこで弟であるアンジュー殿下の子も自らの子とし、ナルティア本家の血統を守ろうとした。北ルナリアの争乱の影響もあり、優れた聖魔法の使い手を求めていたのかもしれない」
至って平板に告げていた勇者だが様子が変わり始める。
「というわけで、あなた方は実はいとこである」
急に何を言い出すの。そんなこと……あるわけが……。戸惑いを覚えつつ、
「あなたそれ、嘘だったら承知しないわよ」
怒りを込め告げるが、
「正しかったら何かいただけるんだな」
勇者は小動もしなかった。どうしよう、これたぶん確実に事実だ。叔父のアンジューとは幼い頃しか顔を合わせていない。しかし、ナルティア本家の扱いとは思えなかった。しかし教会送りにはされていない。今思えばそれは私の境遇と変わらないような……。
私を教会送りにしなかったのは血統の為。もしくはその特殊性からくるいざという時の予備として? 点と線が繋がるような感覚を覚え動揺が止まらない。ずっと姉弟として生きてきたのだから。
「ちょっと待って、まさかレイモンに伝えていないわよね?」
慌てて確認すると、
「もちろん言っていない」
「よかった……」
この場で二度目、ほっと胸を撫で下ろす。どうしよう、レイモンに本当のことを伝えるべきかしら。いや違う、本当に事実なのか確認しないと。だが勇者は全く別のことを考えていた。
「まああれだ、先日の件は君への熱の入れ具合があまりに面白くてついからかっただけだ。他意も悪意もないので気にしなくていいぞ」
勇者は開き直りそう言うけれど……それって他意と悪意しかないわよね? ふざけ過ぎよね? 気にするし大問題なんだけど?