第48話 転生者3
何も起きなかったとも言えるが、一連の攻防見たオーランの考えを変えたらしい。
「有能な転生者だ。殺すには惜しい」
「それは味方に引き込むということですか?」
私の問いかけに、
「いえ、ウェンヴェールとは話が付いています。しかし奴は勇者を敵としている。何か事情がありそうだ」
彼が応じまた攻撃を受けた勇者も、
「多彩だねえ。なるほど死ぬ覚悟は出来ているわけか」
城内の混乱など意に介さず転生者に語りかける。
「俺は君のことをよく知らない。だが勇気は買ってやる。だから仲間のことは諦めろ」
「ふざけるな」
「いいや無駄だね。事実、君の合図がありながら誰も逃げ出していない」
合図? 首を傾げつつ二人のやり取りを見守る。
「言ったはずだ、能力上昇は間違いであると。転生したばかりの初心者に夢と餌を与えてしまった。これじゃ彼らは戦いをやめられない」
勇者の表情は見えないが口振りは冷静沈着だ。そしてオーランが解説してくれた。
「あの転生者はこの戦いが罠だと敵方に知らさせていたのかもしれない。だが、こちらは忠誠心を試す為にこれらを催したに過ぎない。アルタニア精鋭部隊を率いる将軍閣下や騎士団には本気を出すなと指示を出しています」
ああ、それでは逃げろという合図が意味を成さない。逃走を成功させる為能力上昇したのに彼らはまだ戦えると判断してしまう。
「何より皆サキュバスに魅了されているのでこの合図は意味がない。さすがにそこまでは知らなかったのでしょう」
オーランの説明に嘆息してしまった。この優秀な転生者は仲間の為不毛な努力を重ねているのだ。そして勇者は全てを教えたりしない。ウェンヴェールとて一枚岩ではないだろうし。
そして勇者は若い転生者に、
「しかし君の努力と度胸は買ってやる。次は殺すかもしれないが、今晩は予定があるし中が楽しそうなので俺は失礼する」
そう告げ本当に踵を返してしまった。
「おい待て……ふざけるな! 俺と戦え! 転生者は狩り殺す、それがお前の流儀だろう! 逃げるなよ!」
この言葉を聞きここにいる私達は全てを察した。彼にはどうしても勇者と戦うだけの理由があるのだと。そしてそれは、エストマ三国やアルタニアが採用していた戦奴隷と変わらないのではないのかと。
既に転生者に背を向けていた勇者は、
「言ったはずだ、お前にも家族や友人がいるだろうと。だから、か、え、れ。後、深夜まで働かせるような職場など辞めてしまえ。身体壊すぞ」
改めて告げ城内へと戻った。オーランは転生者を見て思うところがあったらしく、戻ってきたハランドに再び指示を出した。
「あの転生者について知りたい。境遇や経歴だ。ウェンヴェール内の密偵に詳しく調べさせろ」
「畏まりました」
そう述べ頭を垂れるハランドに、
「畏まらんでいい。普通の指示だ」
オーランは不快感を表しムッとした顔をしている。彼は人の上に立つ立場となったが、へりくだることは望んでいないのだろう。
勇者に相手にもされなかった転生者を改めて見る。彼にも何か背負うものがあるはずだ。だからこそ耐え忍ぶだけの忍耐があるようには思えなかった。今は立ち竦んでいるがこのままでは暴発する。そう口にしようとした時ふっと風の流れを感じ、隣からレイモンがいなくなっていた。そして城門前に視線を向けると、レイは転生者と向き合っていたのだ。
どうしようまた勝手なことをして!
思わずオーランの肩を掴むと丁寧に手を被せられた。
「ご心配なく、王子は実力者だ。まだまだ伸びるでしょうが」
背丈じゃあるまいし伸びるとか今はどうでもいいの!
本来なら今すぐ止めに行きたいぐらいだけれど、オーランは全く問題視していない。まだ傍にいたハランドに視線を送っても、彼はこちらをじっと見つめるだけだ。そうして会話が聴こえてきた。
「同胞を助けたいというお気持ちは察しますが早くお帰りになった方がいいと思います」
「……誰だ貴様。子供に用はない」
「聖王国ナルタヤの第七王子レイモンと申します」
レイが馬鹿正直に自己紹介している。
「……どういうつもりか。王子ならさらわねばならない」
「お金が必要ならご用立てしますよ。おいくら程必要ですか。無利子無担保というわけにはいかないですが」
「ふざけるな! こちらは命懸けで戦っている。ガキでも容赦はせんぞ!」
転生者は怒りを表すが、
「そのガキに殺されては格好がつきませんね。殺戮の勇者に挑めば正しく勇者だ。良いゲームオーバーなのでしょう。が、そちらに事情があるようこちらにも都合があるのです。どうしてもというのなら僕がお相手します」
そう言い放ったレイモンは転生者に顔近づけ何か囁いている。それから姿勢を戻したレイは、
「どうかお引き取りを。我が国は有能な人材を常に求めております。特に医学の研究者なのですが、誰かご存じありませんか?」
引き留めているのだか追っ払っているんだか分からないこと告げ、転生者に背を向け城門へと歩みを進めた。
ただ一人取り残された転生者は立ち竦み動けずにいる。
呆然とする彼にかけられる言葉を私は持ち合わせていなかった。