第45話 改めての儀式
カガミ・カガミカさんは密室に隔離されることとなった。オーランが城兵に託し、地下房へと送られるカガミさんはまるで連行される犯罪者のように肩を落としていた。彼もサキュバスと同じ悪魔とされている者の一つか。しかし騎士といい地下送りが多いわね……。
カガミカさんを見送った勇者は屋根がある通路へと進み無造作に置かれていた木箱に腰掛けた。確かに傍で戦闘は行われていないがここは地上で戦場である。ほんの少し離れた場所を行き交う城兵達はしかし私達に全く気付かない。私達が狙われているというのに勇者もオーランも避難させようとしないわけだ。彼の傍が一番安全であるのは分かっている。だからこそレイモンの身勝手を私は受け入れたのだ。
この勇者は冒険者あがりのならす者では決してない。万能を誇る聖魔法ですらこのようなことが可能だろうか。とにかく強固なからくりと見た。だから私も何も気に留めず同じような木箱に腰掛ける。レイモンとオーランは立ったままだが二人から警戒心や緊張感は感じられない。
「システィーナ殿下、仕掛けは理解出来たかね」
ざらつく木箱を撫でてから私は頷く。
「それが分かれば苦労しない。と言いたいところだけど、サキュバスさんの動きを見て少し理解しました」
「ああ、城内の動きに関しては基本的にサキュバスの力だと思ってくれていい。アルタニア城内にいる敵兵は転生者であろうと既に彼女に魅了されている」
私に似て美人だからというわけではないだろうが、そんな無茶苦茶な力があり得るとは信じ難い。凄まじい能力の持ち主だ。あの黒髪のサキュバス、絶対親友になろう。教会が定義した悪魔とかもうどうでもいい。
「しかし味方も俺達に気付かない。これは俺の力だ。レイモン殿下はよくご存じだと思う」
「勇者さんは遠距離攻撃型だと思っていたよ。ここまで気配を殺して誰にも気付かせないなんてちょっと異次元だね。捕まった転生者は遠いから気付けなかったんだと思ってた」
レイは言っていた、転生者は負けたことに気付いていなかったと。しかし勇者はこれを訂正した。
「正確には長距離範囲型だ。我々がいるこの空間はこのアルタニア城に新しく造ったものなんだ。なので実在するが実際はない。あるとも言えるが」
何その馬鹿げた能力。しかし一番驚いたのは彼が手の内を明かしたことだった。これは能力についても私達にも話す段階に来たということであり、やはり身内と認められたと考えていいだろう。こんな状況でなければ膝を突き合わせとまでは言わないけれどもっと聞きたいことはある。でも今は我慢だ。
「では改めてお伝えしよう」
勇者が畏まるのでこちらも思わず居ずまいを正す。そして彼は告げた。
「システィーナ殿下、アルタニアを召し上げたので差し上げたい」
最初の手紙に記されていた文言と少しだけ変わっている。だけれどその意味するところは同じだ。落ち着き払い応じる。
「承りました。あなたや皆さんの期待に応えられるよう日々努力します。どうぞご指導の程よろしくお願いします」
「俺は政治家じゃねーからそういうのはアルベルト達から学んでくれ。オーランもいまや司令官として歩み始めている。お互い情報交換するといい」
確かにそうね。オーランに頭を一つ下げると彼は苦笑し小さくかぶりを振っていた。戦奴隷から戦時指揮官へと上り詰めるという異例の出世への戸惑いがあるのだろう。元は前線で戦う戦士だったようだし。私とて彼と同じく、全く予期していなかった肩書きを背負うことになる。
その件はいいとして一つ確かめる。
「訊いていいのか分からないのだけれど、この戦闘の終結はどう予定しているの?」
ただ素直に問いかけただけだが勇者はぽかんとした顔を浮かべ、
「王たる者が遠慮する必要はないと思うぞ」
とこれまた率直な返答が返ってきた。そうでした。以前はレイに任せたけれどもう正式に受け取ったわね。でもまだ即位していないのよ。準備期間は欲しいし何もかも始めてのこと。何より私はこいつのよう無神経には出来ておらず、悪魔との繋がりなど自分のことすら把握出来ていない。
とにかくと今一度確かめる。
「では改めて。どうするつもりか教えて下さる、オーランドさん」
あえてオーランに確かめると、
「構いませんが、先程ご説明した通り旧体制組の忠誠心を確かめることが目的の一つです。でなきゃこんな手近ではやりません」
そうだった、この戦闘の異様さはもう一つあるのだ。オーランが担当していた首都の防衛ラインが敵方に突破され城が戦場となっている。これって何かがおかしいような……。
ハッと気付き気持ちと記憶を整理する。
勇者は言っていた。裏切り者は許さん、二度と逆らえないようにしてると。そしてこうも言った、炙り出しまとめて駆除すると。そうだ、私自身この時既に指摘していた。
「忠誠心を確かめつつ裏切り者を始末する。これは分かります。ですが裏切り者がいるのはお互い様ですよね」




