第42話 ナルティア家
まだ知らされていないことも分からないも多くある。しかしなぜ私を担ぎ出したのか、そして我が家と教会の因縁は理解した。私がナルティア本家に警戒されていた理由はこれだったのか。
私達の世界はどこかにある異世界と違い、暗殺されないという条件を満たしていなければ神輿にすらなれない。恐らく私には悪魔とされている存在が守り神のように憑いている。でなければとっくに処分出来たはずだ。歴史的に見ても確かだけれど、南北ルナリアの争乱という現実から見れば統治者は要人の暗殺に単独で耐えられねばその任を果たせない。
そして勇者の言い分を総合すると全ての勢力は使いようがあると考えている。それは私やレイモンであり、私を慕うという悪魔とされているもの。そして悪魔を悪魔と定義する二大教会すら彼にとっては使い出のある存在なのだ。南ルナリア南西にいる獣人族とて同様だろう。
だがクロウの言う北ルナリアの陥落、南ルナリアへの侵攻という現実がありながら、我がナルティア家はアルタニアを強奪する為魔族や転生者と利害調整まで行ってしまった。ここまでしてしまえばただでは済まない。
隣を確かめるとレイモンが真剣な眼差しで私見つめていた。レイには辛い思いをさせてしまった。レイは気付いていたのだ。だから勇者の誘いに乗るべきだと背中を押した。
一方のクロウはどうか。彼が教会、そして我が一族に対するスパイ行為をしていたなら気付いておかしくない。だから彼はずっと避ける選択肢もあると提示していたのだ。自身の保身も兼ね。それでも彼は力尽くで引き止めたりしなかった……。
ナルティア家は私の本質を知った時その扱いに苦慮しただろう。
聖魔法が悪魔とされている者と表裏一体の性質を持つなどとはさすがに公表出来ない。
そもそも聖魔法の存在、そしてジョルダード教との因縁すら隠蔽してきたのだから。
そうして彼らが出した結論は「私を無力化する」ということだ。
人生そのものを諦めさせることにした。
知識を遮断し未来を限定する。武力、知力の無力化を図れば手を汚す必要すらない。おとなしく教会の一員になれば、哀れな仔羊として飼い慣らし手懐けることに成功したと言っていい。教会送りになる者は大きく二分出来る。一つは無能過ぎて使いようもない者。二つは有能過ぎて何をし出すか分からない者。後者は言うなれば政敵だ。
笑ってしまう。
これが我が一族の本質で本性か。
後者である私がそんなに怖かったのか。
兄や姉が私を政敵とみなしていたとは思いもしない。
生まれた国、故郷、兄弟姉妹、幼き日々……砂粒のよう零れてしまいそうな記憶。過去を思えば奇妙な感覚すら覚てしまう。時の流れが曖昧で、幼少期の記憶はすぐそこにあり、なのに王宮での出来事は遠い日々に思えてしまう。記憶と思考の迷路の中にいるような不思議感覚……それでも容赦なく耳に飛び込む音が届いた。銃声と怒声、地上からだ。
「あれがシスティーナという女だ! 聖王国の王族だぞ! 捕縛しろさらってしまえ! 絶対に逃がすな!」
バレた。ここにいると……違う、私は地上にはいない。連絡橋は三階にあり、何より傍に殺戮の勇者がいる。ハランドもアルベルトもいないけど、最強で最高に性格が終わっている男がいるのだ。誰も来たりはしない。
視線を地上に向けるとドレス姿の女性が長髪をたなびかせ空中を舞っていた。そしてその女性は、
「聖王国の王族と知っての狼藉なの。いいわ、この王女システィーナが直々に成敗してあげる!」
なぜか私を騙っていた。全然違う人なのだけれど……私が聞いていたのは今晩襲撃があるということだけ。今更だけど何が起きているのか詳しく知りたくなった。私を騙るあれは誰? レイモンに視線を送ろうとしたその時、背後から人の気配を感じた。
「あれがサキュバスか。思ってたのと違うな。まさかの清楚系正統派」
背後から突然現れたオーランドが地上の戦闘を見ながら感想を述べている。彼はこちらを確かめると一礼し続けた。
「あれ黒髪だよな、姫君は茶髪だぞ。お綺麗なのは認めるがタイプが違い過ぎる。まあこの闇夜で見分けがつかねば問題なしか」
「そうなる。どちらがより美人かはともかくシスティーナ殿下はまだまだ無名。有名になるのはこれからだ。容姿で有名になったら貢ぎ物が大量に届くかもしれんな。新生アルタニアの資金源になるかもしれん。偶像化、なるほどそういう手もあるか」
この二人、私がここにいるのに平気で容姿の話をしてる……とむくれても仕方ない。全く、サキュバスさんと美を争うつもりなどないし偶像化なんてお断りだわ。どうしてもお金が必要なら仕方ないけれど……状況が状況だし。まあ考えなくもないけれど。
それはともかく、あれがサキュバス! 初めて見るけれど、確かにこの闇夜に松明程度では分かりづらい。二人はよく見えるものだ。そして襲撃者が私の顔を知らないらしい。無名だから……いや、何か特殊な能力を使っている?
私達は戦場にいるはずなのだ。けれどまるで部外者の如く観戦している。時折銃声が鳴り響き火花が散っている。魔法ではなく銃を使うということは通常の兵士だろうか。この連絡橋に流れ弾の一つも飛んで来ないというのに眼下では銃撃戦が繰り広げられている。




