第40話 殺戮勇者の回答3
勇者は眼下の戦闘をしばし眺めた後、視線を戻し続ける。
「そもそも聖ルナリア教会が伸長したのはこの敗北がきっかけ。聖ルナリア教会さんは正統派を謳う第二の勢力として地位を確立しました。彼らは経緯をよく知っているので私はルナリア教会さんにこの話を聞いたのです。ご異存あるなら聖ルナリア教会本部に尋ねるとよろしい。ああ、聖王国内にはどちらの教会も存在しますが、ジョルダード教会系は張りぼてですからこちらに問い合わせても意味はありません」
勇者の表情は穏やかではなく冷ややかだ。彼の話し方が変わっていることにはとっくに気づいていた。しかしそれは、南ルナリアにいる者に南ルナリアの歴史を説く矛盾からきているのかもしれない。
我が家がジョルダード教と相容れないのは当然知っていた。聖王国の成立時に争ったことは双方認める事実である。だが聖地を奪った? ナルティア家の業はそこまで深かったというの? 思わず身体を抱きしめると、
「システィーナ殿下、あなた今まさか罪深く業が深いとか考えませんでしたか」
心の内を見透かすよう勇者の眼が私の瞳を射抜いていた。動じないと決めていたのに一瞬怯んでしまったがそう、そういうことだったのね。
「私があなたを求めた理由は大きく二つ。一つは聖魔法の中でも特殊な使い手であること。二つはジョルダード教に対する信仰心を程度はともかく持っていらっしゃるということなんですよ」
この時初めて私は勇者の温かな眼差しを受け取っていた。全て、全てお見通しということか。心の底からの溜め息が出るような思いをしていると、レイモンが思わず私の手を握り締めてきた。大丈夫、問題ないわ。アルタニア国王の処刑を認めたその日、いえ、ナルティア家を捨てると決めたその日から覚悟は出来ていた。
「ナルティア家には嫌なシステムがありますよね」
勇者の言葉に怯まず私はその姿勢を戻す。
「王女殿下はナルティア家の人間にしては珍しく、普遍派であるジョルダード教に対する信仰心があるようですな」
「そうなります」
「先程お伝えした通りナルティア家はジョルダード教と敵対している。というか聖王国の成立以降ナルティア家は歴史的にジョルダード教を忌み嫌い、それでいて利用し続けてきた。下層階級と馬鹿にしながらね」
「それは勘違いではありませんか。教会の聖職者には王族が多数います」
「左遷と追放ですね。内部を監視する為送り込まれた面々。放っておくと王族の数だけは増え続けますから」
そう、ジョルダード教は南ルナリア最大の宗教勢力。影響力を欲するのはお互い様であり至極当然と言える。
「ナルティア家血縁者の誰かはジョルダード教会に行かねばならない。それは事実でしょう。教会に修道女として入ろうが、高位聖職者となろうがどうせ子供はつくれず産めないのだから。血縁による権力の独占を禁じる為ジョルダード教会中央組織は婚姻を認めていない。世襲を排する教皇庁の方針はある種合理的と言えるでしょう」
果たしてどれだけの人間が守っているか怪しいものだけれど一応頷く。
「ですがこんなものジョルダード教からすれば完全な嫌がらせ。程度はともかく敵対する勢力から聖魔法の使い手を押し付けられる。対策としてジョルダード教会はナルティア家に乗っ取られないよう、とっくの昔に聖地を変えてしまった。本部も移転させ聖王国には形式だけの支部しかない。苦肉の策ですが賢明でしょう」
確かに、聖王国ナルタヤにおいて影響力を持つ聖職者はルナリア教会系と決まっている。ジョルダード教は付き添いレベルと言っていい。ただし我が一族の者ならば話は変わる。
「私が王女殿下を求める理由は先に述べた通りです。ですが殿下を求めたのは私だけではありません」
「他に誰が求めたというの?」
私の特殊性に一体どんな価値があるというのか。兄も姉も皆一応に私を疎んじてきたが、何が原因なの?
「それはですね殿下、先日訪れたサキュバスを始めとする悪魔です」
は? 突然何を言い出すのこいつ? 思わず声を荒げる。
「ちょっと待ちなさい、ふざけたことは言わないで!」
「いいえ全く。これが聖魔法の本質ですので」
本質ですって……特殊性の本質。だとして、それがどうして悪魔に繋がるというの? 一息つき冷静になろうとする私を認めた後勇者は告げた。
「サキュバス達は悪魔だと主張しているのはジョルダード教やルナリア教会であって、実際はただちょっと変わった存在というだけ。悪魔にも個性はありますがまあよく喋りますし頭も切れる。確かに社会的存在とは言えない類は多いですがそれなら私も同じです。あなたを求めているという点もですね。少数の力ある存在を悪魔と称するなら私は当然、レイモン殿下もいずれ悪魔とされてしまいます。まあたまたま人間に生まれたのであり得ないのですが」
勇者は長広舌を詫びるよう会釈してみせた。
これが事の本質。
聖魔法と悪魔は表裏一体の関係……。