第4話 街道
馬車に揺られながら、私は不安に苛まれていた。
勇者の提案にはかなりの不安要素がある。
旨い話に裏があるのは世の常だ。
挙げればキリはないがまず、傀儡に仕立て上げるつもりではないか、という疑念。
これは優しい方だ。傀儡から本物になればいい。後ろから刺すことぐらい、王族の嗜みと言っていいだろう。
次はただ人質に取られるだけではないのか、というものだ。
こんな間抜け、前代未聞を通り越して誰も助けに来てくれない。
ただし、説得に向かったと言い繕うことは出来るかもしれない。馬鹿の汚名は免れないが、馬鹿正直過ぎたと強弁する道は微かに残る。
三つ目はそもそも本当に勇者からの手紙だったのか? という点だ。これが嘘なら空手形どころの話ではない。
だから今、勇者が発したという手紙を取り寄せ必死に解析している。筆跡は一致するのか、と。
レイモンが小声で囁く。
「姉様、たぶん本物だ。こんな癖字そうお目にかかれない」
「だから不安なのよ。偽物も作りやすいわ」
「誰がなんのために?」
……確かに、私達なんていてもいなくても変わりない。恨みから騙そうとした、なんて空想染みている。恨みを買うことはあっても、その者が勇者の行動を読むか知っていなければ話にならない。
或いは繋がりを持つ者。
でなければアルタニア強奪など思いもよらないだろう。
馬車は走り続ける。
今は聖王国ナルタヤから、都市国家ラウルへと向かっていた。
丁度聖王国とアルタニアの中間地点にある。
吉と出るか凶と出るかさっぱり分からない。まずラウルにて情報収集に努める。判断はそれからだ。
王族が王都を離れるとなれば、相応の理由が必要である。レイモンの見識を広めるため、というなんとも冴えない理由を繕ってみたが、あっさり承諾された。
兄の許可だが、陛下に判断を仰ぐほどではない。
私達は所詮その程度なのだ。
出立の許可は下りたが御者を務める者が必要で、護衛も必要だった。身の回りの世話をする者も同様だ。
「油断出来ない行路ですねー。まあ私がいれば例の勇者とやらが出ても、殿下に指一本触れさせませんが」
貧乏貴族の次男坊はそう言って笑う。
御者を務める彼の名はクロウ。一応信頼しているが、使える人間過ぎても困る。事を察すれば止めに入るかもしれない。だから彼が選ばれた。年は二十歳を過ぎていて、私達よりは年上だ。なのに未だふらふらと生きている。
「クロウは勇者を見たことがあるの?」
「ありますよ」
いともあっさり応じるものだから、警戒心が消え失せそうになった。
「そう。どんな印象だったかしら。戦争を起こしたのよね」
「起こしたというか、もう勝ったらしいですよ」
「アルタニアはどうなるかしら?」
「さあ。我が聖王国も同盟の端くれ、救援に向かう価値があれば出ざるを得ないでしょう」
つまり価値がなければお父様は動かない。
兄達はどうだろう? 得体の知れぬ勇者と黒魔術、ミスを犯せば今後に障る。
となれば騎士団と教会の出方次第か。
――彼が端くれと表したことも見逃せない。
「怖いわ。そんなに狂暴な人だったの?」
「無礼な奴ではありましたね」
「無礼?」
私のレイモンをお前呼ばわりした、これだけで充分無礼だ。けじめをつけねばならないとは思っている。しかしどうやって? 私は無力だ。
「何かしでかしたの? 何も聞いていないわ」
「ははっ」
顔は見えないがクロウは笑っている。なんとも可笑しいといった風だ。
「野郎、支度金が足りないと抜かしやがったんですよ」
「支度金……」
任命の儀式から出立の式典。その際、魔王及び魔族討伐の支度金ぐらいは用意されただろう。数合わせに貧乏貴族が出席するぐらいだ、期待のほどが知れる。
「いくらだったのかしら」
「一万シルバーです」
「うん……充分に思えるけど」
「ですね、ゴールドなら千。国は買えないが町なら買える値段ですよ。あいつ、戦費に使ったんじゃないですかね」
冗談じゃない。なぜ国庫から出た資金が、対アルタニア戦線で使われるの。と、私が憤るのはもうおかしいかもしれない。
「それで足りないとなったら、一体いくら必要と言うの」
「ですねえ。野郎、十万ゴールド寄越せと抜かしてましたよ」
「は? なんの実績もないのに!?」
思わず声を荒げたが、クロウが訂正した。
「実績はあるらしいですよ。怪物をぶち殺して成り上がった野郎なんで」
「そう、そうなのね」
「俺は見てませんが、冒険者ギルドに証拠でもあるんでしょう。うちはそこまでザルじゃありません」
だとしてなぜアルタニアなのだろう。
なぜ私達なの?
拭えぬ不安にレイモンが微笑を浮かべる。
「姉様、大丈夫だよきっと」
「そうだといいのだけれど……」
「僕がいる。大丈夫」
「ありがとうレイ」
思わず顔が赤くなる。レイはこんなこと言う子じゃなかったのに。
「あ、そう。姉様とか殿下とか、以降禁止でお願いします」
クロウの呑気な声に水を差された。
でも正しい。まともな護衛は彼を含め少ない。今はただその言を受け入れるしかない。
「なんて呼べばいいかしら?」
「お上品過ぎなければなんでも。俺はクロウで構いません」
「僕はいつも通りレイで問題ないよ。姉様の呼び方に気をつけないとね」
「ですね! 間違いない!」
クロウの無駄な元気さが、暗い道中を明るくしてくれる。仕方ない、姉さんとでも呼ばせるか。
ふっとそんな考えが浮かび思わず笑みが零れる。
街道は真っ直ぐ都市国家ラウルへと続いていた。
・金銀の価値
現在銀は、金の1/10の価値。
1万シルバー=1000ゴールド=約1億円。
10万ゴールドは100億ぐらい。
王国や教会が、勇者をどのランクの冒険者と評価しているかが、焦点。