第39話 殺戮勇者の回答2
殺戮勇者はようやく眼下の戦いに視線を向けた。冷め切ったその視線には呆れと何かが含まれている。珍しく溜め息をついた勇者は、
「王女殿下もようやく本気の覚悟をお決めなさったようですね。ならばこちらも本心を話せるというものです」
姿勢を正し私を真っ直ぐ見据えた。こちらも動じず受け取り相対する。
「そうですか。余興は終わりということですね」
彼は一つ頷き「ご説明します」と告げた後始めた。
「我々が興じているこの戦争、そもそも聖王国ナルタヤがアルタニア及びエストマ三国への支援を渋ったことから始まったものです。聖王国は物質の支援こそすれ人は送らないと判断したのですよ。それでは武器商人、死の商人と変わらない」
勇者は視線を上げ更に続ける。
「一体どういうつもりかと調べてみればなんのことはない、聖王国さんはアルタニアを強奪するつもりだった。その為に魔族や転生者と話は付いていたのです」
「……なるほど」
心の内では思わず間の抜けた言葉を発していたが表には出さない。レイモンとて同様で身動ぎもしていない。私は事実関係を知らないがありそうな話だと直感が告げていた。冷酷な父や兄ならそうするかもしれないと。そして勇者は出立前に私と二人きりになった際、仄めかすようにこう言っていた。裏切り者はカラクーム山脈の東にもいると。
思うところはあるが気持ちを落ち着け彼の言葉に耳を傾ける。
「ナルティア家の皆さんは随分増長されているようで、聖王国及びご身内の衛生国家のみで魔族や転生者と充分に渡り合えるとお思いらしい。今こそ勢力拡大の好機と考えアルタニアを含む同盟国は見捨てると決断された。無論アルタニア王は勘付きます」
援軍が来ないとなればそうだろう。ではアルタニア王は責められるべきではなかったのでは? そんな疑問に、
「こうとなれば自然、アルタニア王の下に転生者からのお誘いがくる。北ルナリアでは人が人を飼育し魔族への生け贄とされています。だが奴らの勢力下に入れば本領安堵、犠牲も生け贄も必要ないと甘い言葉で誘惑するわけです」
……アルタニア王にはもう選択肢がなかったということか。聖王国こそが同盟の中心であり、その他の国は国境を越え支援に来ることすら出来ない。なんてこと、この国は我が家に見捨てられたのだ。こちらは内心忸怩たる思いを抱えるが勇者は構わず続ける。
「お察しの通り悲しいかな彼は乗ってしまったのです。私に言えば片を付けてやるのに、こちらでは些かネームバリューが弱かった。たかが転生者を狩り殺しているだけの存在でしたので。そして残念ながら時既に遅し。アルタニア王は決断してしまっていた。今回のクーデターは転生者の影響力を排し、まず状況を整えることを目的としたものになります」
悲しい、残念と言いながら勇者の表情からはそんなものは感じられない。それでも勇者の言葉に偽りがあるようにも思えない。恐らく修羅場が違う。我々とは別格な存在なのだ。
「アルタニア王からすれば俺は化け物でした。そしてナルティア家も同様です。転生者や魔族とて同じ。であるなら南ルナリアの北西部をほぼ手中に収めている勢力と手を組み、意趣返しの一つもしたくなりますね」
なんて愚かな……我が家はそこまで堕ちていたというの。
「致し方ないとアルタニアの若者達が立ち上がった。そうして俺が担ぎあげられるのですが、仰る通り俺の目的は聖魔法、古代魔術を始めとする技術になります。軍勢は確かに必要ですが実はまだその段階ではありません」
「どういう意味? 北ルナリアは陥落したのでしょう?」
「それ、誰から聞きました」
問われ、一瞬躊躇うが振り払い述べる。
「クロウ・レッドフィールドです」
「あれは顔が広く確かな情報網を持っている、と言いたいところですが些か偏りがありそうですな。まあわざとでしょうけどね」
どこまでも平板に告げる勇者に、
「クロウの話は僕も姉様から聞いたよ。クロウの見方は間違っていると言いたいんですね」
レイが割って入った。勇者は視線をレイに向け小さく頷く。
「彼が何者か俺は知りません。が、想像するに野郎は冒険者ギルドとつるんでいたのでしょう」
これは私もレイモンも同意見で異論はない。
「ですが実際はもっと広いと見ていい。あいつ教会のスパイですね」
スパイですって……唐突の言に思考が停止しそうになった。だがそんなわけにはいかない。クロウがスパイ行為をしていたとして、どちらの教会か勇者は明言していない。
「ご存じの通り普遍派を謳うジョルダード教はナルティア家さんとは仲が悪い。ナルディニア地域は元々ジョルダード教の聖地、総本山があった場所。かなり広い一帯ですがそんな所を分捕ったのです。そりゃ仲良くは出来ません」
聖地、総本山があった……そんな馬鹿な! もし事実だとすればただの勢力争いではなくなってしまう。そもそもどうして北ルナリアの人間が私達南ルナリアの人間より詳しいというの? 疑問を感じレイモンを確かめるが、レイもかぶりを振り信じられないといった顔をしていた。
「勇者さん、ジョルダードの聖地は聖王国の遥か北です。聖ルナリア教会に聖地はありませんが聖本部とは近い場所にある。争いに至らずとも諍いが絶えないのはそれが理由。南ルナリアの東部に住む者にとっては常識ですよ」
勇者の言葉なら疑うことすらなかったレイモンが反駁した。私とて同じ見解だ。しかし、
「そうせねばジョルダード教会の顔が立ちませんのでそうしたまでのこと。奴ら聖典を書き換えるまで追い詰められたんですよ。聖魔法とナルティア家さんの勝利です。聖典は書き換えられると証明したのですから」
勇者はそう告げ「随分古い話だそうで」と付け加えることを忘れなかった。