第37話 宣言
昼はとうに過ぎ、昼食を取終えた勇者が執務室に現れた。
私が執務室の主として位置しレイモンとアルベルトが両脇に並び立つ。ハランドは護衛として私の後ろに。オーランドはソファを独占し横になってしまった。働き方改革を実行しろと全身でアピールする様はなかなかに清々しい。発案者である勇者は仕方なくか冴えない木製の椅子に腰掛けている。主要な者が再び集まった。
「さて、なんか誰か足りない気がするのだが……」
口火を切ったのは勇者だが珍しく首を捻っている。だからとレイモンが補足する。
「魔法使いさんはまだ部外者だからここにはいないよ。後、クロウは絶対出席しないって言っていた」
「そう」
勇者は頷きアルベルトに視線向けた。そのアルベルトが私に視線を向けるので仕方なく口を開く。
「この度の仕組まれた戦争の終結誠におめでとうございます」
棒読みでの労いの言葉。しかし誰もなんとも思わないらしい。皆知っていたのだ、当然だろう。問題はここからだ。
「勇者、あなたの留守中に色々あり過ぎて困っています」
傍迷惑なと顔に出すと、
「なんだ文句ありありだな。困らず対処すればいいじゃないか」
開き直った文言が返ってきた。なんというか、こいつに常識を期待するのは無駄だと今更ながら悟る。それでもなお話さねばならない。そういう役割だと割り切り尋ねる。
「まず南方の魔法使い、ミネルヴァさんが来訪されました。まだ会っていませんよね?」
「そうらしいな。会ってないし会いたくない」
勇者が露骨に嫌そうな顔を浮かべた。ミネルヴァとは知り合い? となると、まさかの女性関係スキャンダル。どうしよう、私の新生アルタニアがゴシップ誌の餌食になる。と、恐らくそういう話ではないだろう。
「嫌がらずきちんと会って下さい。子供じゃないのだから」
「あいよ。で、他は」
あっさりし過ぎて呆れてしまいそうだ。いい加減慣れないと。自らに言い聞かせつつ溜め息一つ吐いて続ける。
「同日同夜、サキュバスが城に侵入しここにいるハランドが負傷しました」
「そりゃ災難だ。大丈夫かハランドとやら」
勇者はハランドを知らない? そんなわけはない。
「そもそもサキュバスとはなんですか。悪魔ですよね。というかあなた、このサキュバスともお知り合いではありませんか」
「残念勘違い。俺は何も知らないし無実だ」
それは白状しているのと同じだ。勇者が素知らぬふりをするので誰か突っ込んでお願い、と願っていたら、
「サキュバスとも繋がりがあるのか。顔が広いなお前は」
オーランドがソファに寝転がったまま口を挟んできた。仰向けに寝ているのでそもそもこちらを見てもいない。勇者はそれに応じる。
「オーラン、ちょっと知り合いだからって繋がりがあるとは限らんぞ」
思いっきり認めてるじゃない。それでなのね。あの夜のこと、クロウはこう言っていた。アルベルトとハランドはわざと逃がしたのだ、と。一体どういう関係だというの? まあいいわ、次。
「また侵入者なのだけど、クーデターに参加しなかった騎士の一人がアルタニアの姫君を連れ出し地下に立てこもっているの。さすがにそろそろ音を上げると思いますが」
「そうか、ほっとけ」
……本気で言っているの、こいつ。騎士はともかく姫君はどうなるのよ。
「放っておくって本気で言っているの?」
「もちろん。なんなら閉じ込めて二度と出られないようにしてやればいい。もしくは焼いてしまえ」
ダメだ、こいつに人道的観点なんて存在しない。立場は違えど、王族の子女を助けたいという気持ちは私とて理解出来る。聞けばこの騎士、人格経歴共に優れた人物らしい。だからこそ行動に移してしまったのだろう。勇者の適当な言い分をはっきりと否定する。
「ダメですし嫌です」
「真に受けるなよ。いずれ音を上げるんだろ? 騎士はともかく姫君は三日も持たんよ。元姫君だがね」
確かに。私なら半日と持たないだろう。こちらの簡易的な報告と確認はこれでいいだろう。アルベルト達がうまく処理すると信じるしかない。では本題だ。
「報告をお願いします。東西エスターナを追い払った、だけではありせんよね?」
勇者は転生者の一人を捕獲し連れ帰ってしまった。石化された転生者は今、一時的に倉庫に押し込めている。石化が解かれればどうなるのか。また、そもそも西エスターナとの争いに転生者はいなかったはず。これを聞き勇者は応じた。
「そうだな。色々あったが問題はこれからだ」
そして彼は全く想定しなかった言葉を発した。
「諸君、では戦争の時間だ」