第36話 殺戮勇者の戦後処理2
「仕方ない全権委任ということか。ならば仕方ない、では始める」
自分で振って勝手に納得している。ほぼというか完全に脅迫。脅迫勇者と名乗ればいいのに。と、うんざりしている場合ではない。とにかく無茶だけはさせないようにしないと。
「まず基本は今までと変わらない。各国それぞれ役割を果たして欲しい」
この言葉に反応し東西エスターナの代表団が胸を撫で下ろしている。意外だ、アルベルトは戦後処理は苛烈なものになると言っていたのに。読みが外れた? いや、また試されている?
「ただし西エスターナは南部の魔族、というかあれは魔族ではないな。獣人族なんだがまあいい、彼らを手懐けて欲しい」
獣人族……南ルナリアの西南にいるという種族か。東西エスターナが魔族と手を組んだというから、てっきり北か南ルナリアの魔族かと思っていた。獣人族と魔族は別物だけれど、勘違いする者はいるかもしれない。
「知っての通り彼らは魔族ではない。にも関わらず、食人文化を浸透させ分断工作を行おうとしている奴らがいる。西エスターナはそれを阻止して欲しい」
勇者はあっさりと事実関係を説明してみせた。西エスターナの代表団は幾度も頷き服従の姿勢を見せている。些か哀れだなと思うがこればかりは仕方ない。
「君達の役割はこれに尽きる。で、問題は東エスターナの諸君だが」
言葉を切り勇者は皆を見回した。
「以降シュピルツ山脈、こちらではカラクームと呼ぶが山脈の西側、つまり南ルナリアの北西地域は全面戦争となる。よって死力を尽くしてもらうことになる」
異存はあるか、勇者の表情はそう語っているが異論も反論も出てこない。当然のこと。東エスターナからしてみれば今までと大して変わらないのだから。何もないならと勇者は続ける。
「次、都市国家クラハントには港湾の整備を急いでいただきたい」
「一つよろしいでしょうか」
友軍、都市国家クラハントの代表から一人が声を上げた。年の頃は三十歳程。まだ若いが商人、商会の人間に見える男性だ。彼は名も名乗っていないが勇者はそれを認め発言を促した。
「港湾の整備と言いますが近海ならいざ知らず遠洋に出ることは事実上出来ません。海の魔獣海獣は陸とは桁が違います。あれらは衝突せずとも船などあっという間に沈没してしまう。港湾を整備すれば漁業の足しにはなるでしょうがどういう意図をお持ちなのです?」
「それは諸君らの気のせいだ」
勇者はあっさり言い切った。いや切って捨てたというべきか。彼はその意図を明確に告げる。
「そもそも海は渡れないというのが気のせいなのだ。であるなら魔族や北ルナリアの軍勢はどうやって南ルナリアに来たというんだ」
確かに。クロウが言っていた異世界のパナマ地峡、パナマ運河にあたるものがなく北ルナリアと今は陸続きではない。この点から考えればあまりに不自然と言える。
「海を渡る術があるからこうなった。ついでに言うと俺はどうなる。おかしいだろう」
クラハントの代表団だけではない、皆当たり前の事実に軽い衝撃を受けたらしい。北ルナリアの勢力には海を渡る術があり、こちらにはないと皆思い込んでいたのだろう。私も同様で、言われてみればおかしな話である。というかこいつ、一儲けしよう企んでいなかったっけ。破産するとかどうとか言ってたような。
「要するに今までと何も変わらない。細かな点は追って指示する。以上だ。解散、昼飯にするぞ」
勇者がさっさと終わらせようとするのでアルベルトが前に出た。
「以降戦奴を用いることは固く禁ずる。戦士と兵士に敬意を払うよう法も改めていただく。これは強制と捉えていただいて構わない。我々は必要に応じ強制する。頭に叩き込んでおいて欲しい」
頑とした態度を見せつけ簡易的な戦後処理会議は解散となった。あまりに呆気なかったのだろう。東西エスターナの代表団は呆然とした顔を浮かべている。平身低頭、謝罪に次ぐ謝罪を想定していただろうに肩透かしに終わったのだから。そもそも戦後処理を行うのに、この段階で当事者がいること自体異例だと思う。全て仕組まれたものだから自然と言えばそうなのだけど。
勇者が去り私達もそれに続く。
玉座の間は無人となり、文字通り誰もいなくなった。
閑散とするのが宿命であるかのようそこには何も残らない。




