第35話 殺戮勇者の戦後処理
私がアルタニアに来て六日目を迎える。
レイモンが戻って来たことで私は一人きりではなくなった。クロウを失った今、私の味方はレイしかいない。アルベルトやハランドはあくまでアルタニア側の人間だ。心許せる存在とはとても言えない。
早朝からアルタニア城は慌ただしく、聞けば勇者が帰還するという。レイに確かめると「すぐ帰ると言っていたよ」と、あっさりその事実を認めた。それもそうかと今なら納得出来る。これは仕組まれた戦争であり、アルベルトの言葉を借りるなら想定からは少し外れている程度に過ぎない。
陽が真上に上がる頃、勇者達の部隊がアルタニア城へと帰還した。私は城の上階からそれを眺めていたが、正直開いた口が塞がらなかった。南ルナリア各国、そして諸侯にはそれぞれ紋章がある。騎士団も同様であり、各兵団とて自前のシンボルが旗やマントに刻まれている。
――どうして東西エスターナの旗まで掲げられているのか。
都市国家クランハントならいざ知らず、凱旋した彼らの中に敵方の旗まであるのはどういうこと。そこまで周到に準備していたというの? 見たこともない紋章まで見かけては、呆れて物も言えない。
自然と溜め息が出た。
出迎えるのも私達の仕事である。
彼らが仕掛けた戦争を、ただ回収しただけの話だとしても。
閑散としていた玉座の間に凱旋した勇者達が入り、我々はそれを出迎えた。帰還した勇者はなんの躊躇いもなく玉座に腰掛け、私達は隣の席へと腰掛ける。これではまるで子分だと思いはするけれど、まだ即位していないので我慢するしかない。
続けて東西エスターナとクラハントの面々が入室し、更に首都防衛にあたっていたオーランドが入る。勇者の側近としてアルベルトとオーランドが並び、そしてハランドが我々の護衛に付いている。役者は揃った。
全てを認めた勇者はぞんざいに口を開く。
「ようお疲れ」
たった一言に皆が礼を尽くしている。アルベルトもハランドも、オーランドもだ。先程まで戦っていたはずの東西エスターナや、友軍であるクラハントの代表団も同様だった。
「さて諸君、大体片付いたので戦後処理に入りたい」
展開が早い。まだ帰ったばかりだというのに。アルベルトから勇者を翻意させて欲しいと言われたが、話し合う機会すら持てなかった。どうしよう。隣に腰掛けるレイに視線を向けると、穏やかな笑みが返ってきた。安心していいということなのかしら。
勇者は続ける。
「まだ俺が責任者なので全て俺が決める。異存があるものは名乗り出ていいぞ」
言えるわけないでしょう、と声に出したい。この殺戮勇者に意見出来る者は、果たしてこの世に存在するの? 努めて顔に出さないよう気を付け見守っていると、
「勇者よ、先に苦情があるんだが」
すぐ傍に立つオーランドが口を挟んだ。苦情とはなんだろう。
「なんだ」
「お前言ったよな、我が国は働き方改革を始めると」
そういや言ってたわね。その話もしないといけないんだった、私も忘れていた。オーランドは不満をありありと見せつける。
「そもそもこの場に俺は必要か? こちとら全く休みなく働きづめなんだが」
オーランドの役割は首都防衛だけではない。戦地への物質の輸送など、事実上の指揮官であった彼に休みはなかっただろう。自ら戦奴と名乗っていたが、今では指揮官になっている。そんなオーランドの不服申し立てを、
「そうか、諦めろ」
勇者は一言で切って捨てた。オーランドは眉間に皺を寄せ目を細めている。なんだろうこれ、完全にパワハラ勇者……。
「不服は理解するが後にしてくれ」
「分かったよ……」
オーランドとて一言述べておきたかっただけのようだ。あっさり主張を引っ込めた。一瞬苦笑いを浮かべた勇者だったが、切り替え言い放つ。
「異存ないんだな。なら本当に俺が全部決めるぞ。いいんだな、本当にいいんだな」
なんだか異存を待っているフリのように聞こえるのだけれど……。誰も意見出来ないと知っててわざとやってるわよね。こいつもう、いっそ悪質勇者と名乗ればいいのに。