第33話 呆れる事件と報告
日も暮れ夕暮れ時が訪れる。
いくつか挨拶を受けるだけの一日から解放され、ようやく眠れると思ったら場内が騒がしくなってきた。執務室から自らの部屋に戻る頃合い、階段を上っている最中だった。
「何事だ」
ハランドが兵士に確認を求め、私には部屋に戻るよう促してきた。ハランドがいれば問題ないとは思うけれど、私に付いていては追い払う役割も果たせない。求めに応じそのまま部屋へと足を運び、たった一人で報告を待つ。
ハランドが入室を拒むので、嫌みとして扉は開けっぱなしにしてある。私は気にしないけれど、彼に妙な噂が立ったら気の毒ではある。分かるけれど私は認めない。部屋に入ったからなんだと言うの?
「まだなの?」
椅子に腰掛けうんざりしていると、ハランドの元に見知らぬ兵士が駆け寄った。囁き、二人で頷いている。
「殿下、護衛を入れ替えますがよろしいでしょうか」
「構いません。出来れば入室を拒まない柔軟な方だと嬉しいわ」
「女中は選別中だそうです。どうかご容赦下さい。使える者を用意致します」
「そう」
と生返事して、小さく手を振ってみせる。
ハランドとその兵士はギクリとしたような顔をして、さっと視線を逸らした。なんだろう、今とても女性らしい扱いを受けたような気がする。勇者もアルベルトも、私を女として扱わないものだからとても意外に感じる。
少し心が軽くなって、自分の不満がどこにあるのかを理解した。一つは「女性として扱いなさい」というとても単純なものだったらしい。これでは試されて当然か。そう私はまだ何者でもない、肩書きだけはご立派な王族子女に過ぎないのだ。
今晩はゆっくり休めそう。
夜支度をして、暖かいベッドでゆっくりと眠ろう。
誰もいないのがいっそ、そう清々しいというものね。
翌朝、再び一人で起床する。
誰も来なかったという事実が、問題の程度を表している。また一人で着替え昨日とは違うドレスを身にまとう。顔を洗い髪ぐらい梳かすけれど化粧などはしていない。
誰も気にかけないのは気に入らないけれど若いし、そもそも戦時だ。仕方ない、勇者が帰国したらくどくどと嫌みを並べるとしよう。そもそもこのドレス、前の姫君の所有物よね。……構わないけれど、質素倹約と流用強奪は紙一重か。
昨日と同じ手順で執務室へと向かう。口を開くものはやはりおらず、挨拶をすませ入室した。
いつもの顔ぶれと思ったら、三人共に深刻そうな顔を並べていた。アルベルトとハランドは分かるけど、クロウにとっては全て他人事のはず。
「おはようございます。何かありましたか」
昨夜の騒ぎ、実は結構深刻だったのかしら。挨拶を返されながら、再び嫋やかに振る舞い執務机の椅子に腰を下ろす。
「朝食をお持ちします。報告はその後」
アルベルトの口振りが少しおかしい。
けれど朝食という儀式、それから小休止を挟まないと彼らは報告もしてくれない。上に立つ者が遠慮するのはいつまで続くのだろう。頷き、朝食が運ばれるのをただ待った。
朝食、休憩を挟んだ後、ようやく報告が始まった。
「まずは昨夜の騒ぎから報告します」
「はい」
アルベルトはクロウを一瞥してから、口を開いた。
「城内に侵入者あり。現在地下に立てこもり出入口は封鎖。いずれ根を上げるでしょう」
「……そうですか。凄く侵入しやすいお城なのですね」
「申し訳ありません。こちらは以上となります」
「ふざけるな。残党狩りにしくじって、旧王族をさらわれた挙げ句、事実を隠蔽するか」
クロウの発言にはさすがの私も驚いた。どういうこと?
「アルベルト、もう少し詳しく聞かせていただけますか」
「分かりました。元は騎士の立場、侵入者の素性は私も知る者です。地下牢に侵入した後元の姫君を一人さらい、脱出を試みた模様。更に別の地下へと逃げ込みましたが、そちらに秘密の出入口などはありません。突入するまでもないと判断。観念すれば生け捕りとし、罰します」
つまり賊は袋小路に入り身動きが取れない。そして今も動けずにいる。騎士か。クーデターに加わらなかった残党の一味。
「情報に抜けがあるのはどういうつもりか。賊はたった一人。姫君は未だ十代で、第八の王女。さらわれた姫に何かあったらば、貴様ら警備はどう責任を取る」
言われてみれば。単独で乗り込むのは侵入、そして救出と捉えれば理解もする。けれど、これでは男女が一夜共にしたこととなる。救出に来て乱暴するとは思わないけど、袋小路で自暴自棄になっていたらどうするの?
もし私がその姫の立場だったら……考えるだに恐ろしい。
「くだらん。そのような人物ではない。そもそも貴公が口出しするのはお門違い。黙って突っ立っていろ」
アルベルトは厳とした態度を見せつけるが、失態と言っていい。というか失態が続きすぎだ。ここは戦場ではないのに、一体アルタニア城でいくつ事件を起こす気?
「殿下、報告を続けますがよろしいか」
アルベルトの言葉に致し方なく頷く。どうも何か焦っているように思える。
「どうぞ続けて下さい」
「では。レイモン殿下が帰城されます。本日午後の予定」
驚いて声を上げそうになる。なるほど、確かにレイモンに比べれば全て些事に過ぎない。朗報だ。しかし顔には出さない。努めて冷静に振る舞う。
「そうですか。実弟の勝手な行動、止められずお手数をおかけしました」
「構いません。レイモン殿下を止めなかったは勇者も同様。続けて戦況報告に入ります」
一つ首肯し先を促す。
「西エスターナは追い払いました。勇者は昨日東エスターナと戦闘。こちら未だ詳細は届いておらず」
ふむ、とやはり一つ頷く。西エスターナを追い払った。返す刀で東エスターナへと向かった。都市国家クラハントを素通りして、勇者は北へ。つまり一日で西エスターナの軍勢を撃退した。
事実ならばめでたい、と言いたいが彼我の戦力差をやはり私は知らない。彼が連れ立った部隊は十人程度、ごく少数だった。どこかの部隊と合流したとは思うけれど報告がない。果たして確認していいものかしら。
「南、西エスターナへの防衛ライン引き続き継続。部隊を駐留。北、東エスターナ撃退後勇者は帰還する予定となります。こちらも部隊を駐留。同様です」
「分かりました」
都市国家クラハントの動きが全くない。クロウだって気づくはずだ。そしてやはり、勇者を先頭にたった一日で事を成し次へと向かう。移動の距離はどれぐらいあるだろう。駿馬を乗り継ぎ駆け回っているわね。格別の働きと言わざるを得ない。
「ではレイモンの帰国まで時間がありますね」
「そうなります。次に各有力商会、ギルド、各騎士団が面会を求めておりますが、いかがします」
「教会は?」
「来ましたが勇者の差配とします」
勇者と敵対するギルドまで来たというのに、教会だけはやはり特別扱いか。信者の数、国境を越える影響力、歴史的背景から難しい取り扱いとなる。
「挨拶だけなら、と言いたいところだけど内部の者を要とします。まず勇者とあなた方が面会し上に上げる形としましょう」
「妥当と心得ます」
アルベルトは当然といった顔だ。うん、アルベルトの傲慢さに慣れてきた。これぐらい辛口、物申す人物がいないととても国家運営など出来ない。どうやら以降は、また内部の要職に就く者達の挨拶が主なようで、アルベルトは書類に目を落としている。
しかしでは、あの深刻そうな三人の顔つきはなんだったのか。その点を確かめる。
「ところで皆さん深刻そうな顔をしていらしたけれど、何か他にあったのですか」
三人共黙り込んだ。クロウはともかく、二人はどういうつもりだろう。あえてクロウに確かめる。
「クロウ、何かありましたか」
「部外者です。私は何も知りません」
「部外者ですので適当な発言を認めます。よろしくお願いします」
そう言ってついでに頭も下げて見せる。クロウの顔に苦渋が浮かぶが頭は下げた。かつての主を思うなら一言くれてもいいと思うわ。
「致し方ない適当に発言致します」
首肯しその発言を待つ。クロウはため息一つ、それから口を開いた。
「転生者とやらを捕縛したと耳に入れました」
「捕縛……続けて」
「でまあ、ここに連れてくるそうです。レイモン様と共に帰還される予定。以上です」
言うなりクロウは、アルベルト達を認めもせず明後日を向いている。
どういう……転生者って、手強いのではなかったの?アルベルトに視線を向けると小さくかぶりを振っていた。ハランドも似たような仕草をしている。
あの勇者、殺戮ではなく生け捕り勇者だったというの?
何がなんだか、私に分かるわけがない。
皆も同様みたいだけれど。