第32話 魔法使い曰く
ミネルヴァは頑なな女性だった。
実際面会してみると昨夜の印象より年若く、ハランド同様私と変わらない。恐らく十代後半だろう。男勝りな短髪を引っ提げ、しかしその姿は美しく勝ち気な雰囲気をまとっている。
背格好は女性にしては少し背が高い程度。しかし魔法使いというには引き締まった肉体が隠せずにいる。ゴーレム使いでもある彼女は、細身ながら心身共に頑強という印象を受けた。旅装束から軽装に着替え事実上男装の麗人になっているが、女性性までは隠せない。
褐色の肌から人種は恐らく、南ルナリア南東部出身と思われる。逆に南西部は我々のような白い肌の持ち主が多いらしい。私達は中央地域の人間、あらゆる人種が混在する。
ーーそれは聖王国ナルタヤもアルタニアも変わらない。ただし、アルタニアは比率として白色人種がやや多い。これは南西部から難民を受け入れた、歴史的背景からくるものと読み解ける。
そう、極刑となったあの前王はどちらとも取れる肌をしていたはずだ。何より人種の比率に無頓着、それが私達南ルナリアの民である。王族とて同様。そう言えば北東部はともかく、北西部が今どうなっているかは全く分からないーー
昨夜のことを尋ねても、彼女は一つも答えようとしなかった。「なぜ私に訊くのだ」と、憮然とし私という存在を認めながら、こう言い切った。
「王族ならば田舎者になど用はなかろう。私とて同様。勇者殿に会えさえすればそれでよい」
更に何か言いたげだったが、彼女にも躊躇いがあるのか細やかな言葉を残し去った。
「私はどちらにも肩入れする義理がない。どちらも任務として正当であったと述べるのみ」
颯爽と翻り許可もなく立ち去る姿はいっそ清々しく、なるほどプライドの塊のような人物だ。しかし、
「どちらも……とは?」
思わず零す。昨夜、クロウに諭され彼女は矛を収めた。その際身上調書を取るべき時間はあったのか。僅かな時間だが、クロウはミネルヴァと交流を深める時間があった。その後アルベルト、ハランドと共にサキュバスとの戦闘に及んだのも間違いない。
なるほど、どちらかに不都合な発言となる可能性を咄嗟に読み取り、口をつぐんだ。
「参ったわ。誰も本当のことを話してくれないなんて」
あからさまに機嫌を損ねて見せるとハランドが顔をしかめた。そうして口を開く。
「私の不手際。落ち度です」
述べた後視線を落としている。その横顔からはもはや何も読み取れない。
「殿下はサキュバスの骸をご所望でしたか」
アルベルトが皮肉とも取れる言葉を放った。クロウがそれにピクリと反応したが、彼は口を開かない。もう主従ではないと明確に示している。
「悪趣味ね。相手は強かったの?」
「ハランドで追い払うが精一杯となれば、最善の結果と心得ます」
ぬけぬけと城に侵入され最善ときたか。
なるほど、クロウが皮肉の一つも言いたくなるはずだ。いや、もしかすると事実を指摘したのではないか。疑念が頭をもたげるが、もうそれはいい。
「ではアルベルト、クロウはなぜここにいるのです」
「勇者の許可なく立ち去ることは認めておりません。加え、事の終わりを見届け帰国されるが有用と心得ます」
「なぜ貴公がそれを決める」
クロウが割って入りアルベルトを睨み付ける。だがそこに力強さがない。それはそうだ。受け入れたからこそクロウはここにいる。やむを得ずかもしれないけれど。だから間に入ってみせる。
「私が許可すればどうなります」
「勇者の一存を以て対応致します。そちらで話し合っていただく形となるでしょう」
要するに私が決める範囲ではない。
よく分かった。呆れる話ではあるけれど、確かに私はまだ即位もしていない。ではいっそ、そちらの段取りに入るべきか。クロウは聞きたくないだろうな、と思いはするが諦めてもらうしかない。
全て忘れ話を進めるよう促すと、アルベルトは首肯し徐に語りだした。クロウがここにいるというのに。
ーー戦後、即位の為戴冠式を行う。
任官、組閣は同日速やかに行う。
論功行賞は既に出来上がっている。
体制が整ったと速やかに同盟国、及び隣国へと通知を行う。
疲弊した国と民の為、援助を求めるが全て形式的なもの。
それらは重要ではない。
応じずとも結構。
ーーこれはクロウの分析と一致するかもしれない。
統治の体制を整えた後、勇者の方針を以て事を進める。
まずは残党狩り。騎士団の処遇は後日行う。
ギルドと商会、教会は挨拶に来れば応じてやるーー
清々しい程に、彼らは泰然としている。この戦争に負けるなどと微塵も思っていないのだ。クロウにそれを見せつけなんなら翻意でもさせるつもりか。つまり引き抜きたいと。それでは私の体面……いや、それはどうでもいい。
そして恐らくクロウは応じない。
結果は分かりきっている。
「内務はともかく、詳細は勇者に確認しろと仰るのですね」
「そうなります。とにかく物資が必要。その為には流通と兵站を維持、確保せねばなりません。アルタニアに休む暇はありません」
そうでしょうね。と内心で応じる。
では儀式と取りかからねば。
うんざりする程に戦時のそれを感じない。私の役割でないと理解するがこれではどこかの宰相殿だ。いえ、もうじき女王と呼ばれる立場か。いずれ皇帝となる者の船出は、海を拝んだこともない私に言わせても凪ぎのような状態と言ったところか。
窓から外を見れば明るい太陽が室内に射し込んでいた。陽はまだ高く、城と言わず戦場と言わず南ルナリアを照らしているだろう。