第30話 私達の決別3
勇者は命尽きるまで戦い続ける。
北ルナリアが陥落した今戦える者は半数になったと捉えるべきだ。
今や南ルナリアにまで侵食した魔族と対峙するに殺戮勇者を否定は出来ない。
「殿下は思い違いをされている」
クロウは強く言葉を紡ぐ。
「殺戮勇者はいずれこのルナリアを見限る」
なんとしても説得し穏やかに生きて欲しいか。
戦いは戦える者が行うべき、ある種選民思想の発露とも言える。
今の私は確かに否定出来ない。
だが帝王学を受けずとも勇者もアルタニアも私という存在を求めている。
なぜ?
無能で愚かな御輿ほど軽いものはない。
違う、少なくとも殺戮勇者もアルベルトも私をそんな風に見下してはいない。
一人の人間として思考する存在として、かくあるべしと道を示している。
「成すべきは真の皇帝。夢想な帝国主義と罵られ恐れられようと、嘲られてもルナリアを救うには巨大な帝国を築くしか道はないわ」
「殺戮勇者はそんなに甘くはない。魔王とて転生者とて甘くはない。暗殺の危険とてある!」
「心配無用。それより自分の心配をなさい。一筆したためるけれど、それであなたを守れるとは限らない」
「聖王国と敵対するおつもりか? 同盟国とて同様。親類縁者を敵に回し、大戦を目論む奴らに肩入れするは狂気の沙汰。どうか王宮で健やかな人生を送っていただきたい!」
クロウ……あなたを侮った過ちの代償今受け取ったわ。そう、そういう分析なのね。
勇者はいずれこのルナリアを見限る。
しかしただでは終わらない。
ルナリア全土を巻き込む争いをデザインし、拡大戦争を画策する。
何もかも巻き込み死力を尽くすことを強いる。
その先頭に立ち指揮を執るのはこの私。
殺戮勇者がルナリアから消えても、私はきっと逃げられない。
いえ、それはさすがに悲観的過ぎるわ。
私とてそこまで愚かではない。
「大丈夫よ。泳いででも逃げ去り、そして戦う」
「戦うのはあなたではない! 血塗れの帝国を築くは前線で戦う戦士と兵士! 苦しむ民はどこにも逃げられない!」
「では敗北を受け入れろと? それこそもう無理だわ。勇者が戦うと決意した以上勝つ道を模索するしかない」
「追い返せばよいのです! 勇者は北ルナリアで既に敗北している! 厳然たる事実!」
そんなに手強いのか。知らない事実は山のように存在するわけね。あの勇者、さてどうしてくれよう。
必死な彼に申し訳ないけれど私は、私達南ルナリアは逃げられない。
あっちに行って、来ないで関わらないで。
と、念仏を唱え叶うなら皆そうしている。
「念仏主義に興味はないわ。仏がいたらいっそ手を貸して欲しいぐらい」
「殿下……あなたに成せる役割ではない。それだけは断言出来る」
「人は成長するから人足り得る。このシスティーナ・ユラル・ナルティアをなんと心得る。分を弁えよ」
城内が騒がしくなってきた。
サキュバスを追うアルベルト達だろう。
さては獲物を追い詰めたか。
強く諌めてしまったが気持ちは受け取りたい。
だから告げる。
「私を案ずるあなたを私も案じているわ。さあお行きなさい。あなたにこのアルタニア争奪戦は無関係。国に帰り穏やかな人生を送るのです」
「言われずとも……」
クロウは立ちすくみ何も言えずにいる。
気の毒な役回り。
たかが小娘一人説得出来なかったと思われては私も癪だ。
だけれど今は何も証明出来ない。
事の始まりは絶望をもたらすだろう。
殺戮をもたらすだろう。
だが屍を晒すのは奴ら魔族だ。
既に存在するだろう裏切り者だ。
この私が奴らの存在を否定する。
王として皇帝として、厳然たる事実を突きつける。
動けないクロウをよそに漆黒の窓を見る。
暗闇に光は射す。
暗黒時代などお断りだ。
前半生、第五王女という余興は今終わる。
「始まるのは新たな時代。ルナリア戦記と後世で謳われる、人類の存亡を懸けた生存競争。あらゆる綺麗事を一掃し、私は血と希望に塗れた帝国を築く」
たとえそれがいずれ自壊する帝国と知っていても。
城内の騒ぎが近づいてきた。
私も剣を取るべきか。
そう、屍を晒すのは私かもしれない。
だとしても、殺戮勇者さえルナリアを見限らなければ我々は戦える。
「殺戮勇者の使い方、見せてあげるわ」
愛するレイモン、一緒に地獄の淵に立ちましょう。
それが聖王家に生まれた私達の役割なのだから。