第3話 お前らにくれてやる
レイモンが言うには、やはり内容は同じだった。
ただし前提条件がある。
私には「アルタニアを差し上げたい」レイモンには「姉が断った場合、お前が来い」と記されていたらしい。
わ、私の大事なレイモンをお前呼ばわり……許さない。
「姉様落ち着いて。姉様に、届いていませんか?」
レイモンの真摯な眼差しが痛い。かなりまずい話であり、安易に応じることは出来ない。レイモンが私を担いでいるなんて、考えたくもないけれど、絶対にないと言い切れるだろうか。
誰かの差し金かもしれない。レイモンはまだ子供だ。
「私には分からないわ。でもこの話は誰にもしない方がいい。分かるわね」
諭すよう声をかけると、レイモンの表情が曇った。
「姉様、僕はこの話には乗りません」
「当然でしょう。本物かどうかも分からないし、そもそもおかしな話だわ」
「でも、姉様は受けるべきだと思う」
思わず顔を見合わせる。頼りなく儚げだったレイモンの顔つきは、今私の知るそれではない。
「知らない間に大人にならないの。ちゃんと言ってからになさい」
「冗談で言っているんじゃないんです」
「じゃあなんなの。あなたは勇者とやらを、知っているの?」
冷たく突き放すと、レイモンは姿勢を正した。
背が私を越えている……あんなに幼かったのに。
「少し、いえかなり調べました」
「嘘でしょう?」
「勇者自身は詳しく分かりません。ですが周辺の情報なら、足がつかない」
レイモンは静かに周囲を見回した。警戒はしている、と言いたいのだろう。
「どういうこと? いえ、もうやめましょう」
「姉様、勇者はかなりのやり手だ」
「レイ……ダメよ」
指を立て黙らせようとした。昔はこれですんだのだ。あやすのは私の役割で、喜びでもあった。
だけれど、レイモンはもう黙ってくれない。
「機械人形を知っていますか」
「レイ、ねえお願い」
「自動人形でもいい、戦闘用の作り物です」
「ねえレイ、怒らせないで」
「あいつ、その職人を囲い込んで工場みたいのを作ったんです」
お願い、レイモン黙って。どうして、言うことをきいてくれないの。あんなに素直でいい子だったのに。
思わず耳を塞ぐと、そっと額が触れ合った。
「姉様、僕は姉様を守りたい」
何を、言っているの。私にあなたは守れない。私にそんな力はない。
「姉様は誰にも渡さない」
「レイ……?」
「アルタニア、受け取るべきだよ。勇者は僕らを必要としている」
「違うわ、利用しようとしているのよ。事実なら」
思わず応じたことで、私は事実を認めてしまったかもしれない。少なくともレイモンはそう受け止めたらしい。
「やっぱり来ていたんだね」
「やめて……」
「姉様、僕がシスティーナ姉様を守るよ」
なんて声色、胸に響くのはなぜ?
「こんなところにいたら、いつか姉様と離ればなれになる。そんなのは嫌だ」
「でも、それが運命でしょう? 私達は王族よ?」
「知ったこっちゃない。王族なら、大手を振って何が悪いんだ。なのに僕らは、いつか外様に。もしくは教会、最悪処分される」
レイモンはさっと首を刎ねる仕草をしてみせた。処刑を連想させるには充分だ。
「きっといい話が来るから、大丈夫姉さんが守るわ」
「そう、その話が舞い込んだ。全く予期しないところからだけど、上手くいけば何も失わずにすむ」
甘い見通し。甘い果実に飛び付く姿は、やはり幼さの現れだろう。
気持ちは嬉しい。だけど今止めないと、取り返しのつかないことになる。
今はまだ、一緒にいられるのだから。
「レイ、あなた勇者の何を知っているの。知っていることと言えば、職人を囲ったとかその程度でしょう?」
言い聞かせるよう言葉を紡ぐが、逆効果だった。
レイモンの頬に朱が差していく。
「姉様こそ、知らない」
「何を?」
「奴は教会や商会から巻き上げた金で、逆に商会を買い占めてるんだ。株式の半分以上を押さえられて、乗っ取られた商会だってある」
ミイラ取りがミイラになってる、のとかなり次元が違う気がする。なぜ乗っ取られてるの?
違うわ、私は止めないといけない。
幼いこの子を騙くらかす、悪質な勇者から引き離さないと!
――そう思っていたはずだった。
だのに私は、気がつくとその魅力に取り憑かれている。
私達はもう、後戻り出来ないかもしれない。
・現在公開されている情報
増えすぎた王族は処分される。有力貴族との婚姻は穏当。
教会へ送り込まれた場合は結婚出来ない。目立たぬよう生きるか、内部での工作活動が主となる。
二人の待遇は恵まれたものではない。