第29話 私達の決別2
北ルナリアとはどんな場所だったのか。我々と変わらないのなら騎士団や冒険者ギルド、そして国家があるはず。
南ルナリアは既に魔族の勢力が拡大している。同じ手法で攻めくるとして対抗策はあるのか。
「なぜ自分なのだろうと殿下は疑問を持つ」
「そう。私の疑問にアルベルトは勇者を疑わず使いこなせと言ったわ」
「死人らしい言い種」
死人。アルベルトをかかしと罵ったクロウは今、またも斬って捨てるのか。
だが違った。
「死線を潜る彼らの言い分は尊重します。そして正しい」
アルベルト同様、クロウもまた彼らを認めてはいる。ただ考え方に決定的な乖離が存在するようだ。
「殺戮の勇者がいなければそもそも戦い自体成立しない。つまり全ては勇者次第。これを殿下、あなたは制御出来ますか」
私の程度を指し示しクロウは迫る。
「国家の枠組みを超えた殲滅戦、文明の衝突を超えた拡大戦争、生き残りを懸けた生存競争。文字通り食うか食われるかの争いに、御輿と参ずる勇気があるのですか」
文明の衝突。生存競争。どれも縁遠いものばかり。実感の一つも湧きはしない。
傀儡を御輿と断ずる彼から憐憫が届く。
しかし拒絶する。
凛として受け取らない。
それが私の決断で、ルビコンを渡ったらしい私の決意。
「どうやら今、異世界では文明が分裂しているらしい。実に虚しい話です。永遠の帝国は存在せず、そして文明にも寿命がある。世界の果ても知らぬのに、宇宙の果てを知ることもなく我々は争い続ける。その先頭にあるのが勇者と魔王。更にそれすらも操るのは女神、そしてーー」
ーー私ということか。
なんという壮大な役割だ。聖王国のたかが第五王女が、ルナリア大陸の命運を賭け御輿と参戦する。
ただ、ただ自由になりたいという願望を満たす為実家から逃げ出した。
愛する弟を哀れに思い、想いに想った私が「種の異なる存在」と対峙する。
もはやそこに思想も信仰もありはしない。
殺戮勇者は全てを否定し受け入れる。
「そう、あいつならそう言うわ」
「何がです」
「好きに信じろ。俺には関係ない。思想も信仰も主義主張も何もかも。神がいるなら手伝えよ、と」
クロウは黙り込んだがようやく結論が見えてきた。
「何も持たない私にあの男は目をつけた。肩書きだけはご立派。何者でもない私が救世主となるその様を、役立たず共は眺めていればいい。何せ弟レイモンは王家秘伝の聖魔法の使い手。実弟すら使いこなし血塗れの平和を築く様、とくと味わえ」
聖王国ナルタヤは正に聖魔法によって成立した王国だ。必要なのは聖王国ではなく聖魔法。
レイを使える人材と見なした殺戮勇者は、正に戮殺の為レイモンを手懐けた。
私への愛を餌に、転生者を餌に、正しい生存競争とは何かを見せつける。
そこに愛があるのなら、気取った平和が全てを肯定する。
たかが血の繋がりなど、王族ならば日常茶飯事。
血縁による特権の独占は、自壊する王家の得意分野。
婚姻により乗っ取りを画策される貴族諸侯は、いっそ弱体化した王家を望む。聖王国ナルタヤはそうして成立した王国の一つ。
種々王国は自壊し血は入れ替わり、輪廻は転生する。
歴史が現す事実は清々しいほど単純だ。
異世界転生者などいなくとも魔族は勢力を増しただろう。だが人類とて愚かではない。
北ルナリアは陥落したらしいが殺戮勇者は、私はそれを受け入れ、そして立ちはだかる。
彼らのご大層なお題目、綺麗事大いに結構。
ならばこちらは愚行権、愚かな人類として迎え撃つ。
看板に偽りを記す化け物に、真の自由と責務を見せつける。
それが聖王国ナルタヤ、王族として帝王学は受けずとも、第五王女として恵まれた教育を受けた者のあるべき様だ。
私の決意を汲み取ったかクロウの顔に苦渋が浮かぶ。
言いたいことは理解する。
「王女殿下が錦の御旗とならずとも戦える者はおります。ギルドとて無能ではない。ただ異世界南北アメリカ大陸と違い、我らルナリアは今繋がっていない。救援に迎えなかった。パナマ地峡、パナマ運河が存在せず海は我らの手に負えない。海の化け物は陸の魔獣を上回る」
「あなた知りすぎているわ。ありがとう。ルナリアや聖王国、家を思い活動していたのね」
「殿下……」
クロウの苦渋は、恵まれない貴族家に生まれた者を表している。私の知らない苦労があったと今なら分かる。
綺麗事ばかりで、貴族家を支えることは出来なかったろう。
それが「ならず者の集まり」冒険者ギルドとの関係であると、理解もしよう。
しかし僭越だ。
もう誰も私を止めることは出来ない。




