第28話 私達の決別
彼はすぐさま切り替えた。
「殿下には勇者を翻意させていただきたい」
「どういう意味?」
「奴の異名はご存じでしょう」
小さく頷く。クロウから聞いた殺戮勇者のその異名。転生者を殺したことも聞いている。
「戦争となれば殺戮勇者は容赦しない。戦後処理も苛烈なものとなるでしょう」
アルベルトの態度から切迫したものを感じる。いや、演出しているな。けれどこれではまるで勝利宣言だ。絵を描いたのは理解するとして、全て計算の上ということではない?
矛盾の正体は今彼が言葉にしている。
「エストマ三国とて好きで裏切ったわけではありません。こちらの落ち度だ」
「確証はあるのですか」
「こちらの確証ならあります」
人道的、同情的な演出は消え去りアルベルトは冷たく言い放った。
「東西エスターナはここまでよく戦ってくれた。彼らがいなければ一帯はとっくに魔族に蹂躙されている。その彼らにとどめを刺したのは我々。だが勇者は容赦しない」
「そんな……」
絶句するよう私も演出してみせる。
アルベルトが一瞬眉間に皺を寄せた。
それでも彼はすぐに表情を無とする。
「殿下、負けと決まったこのルナリアの大戦、殺戮の勇者がいなければどうなるか。それを考慮の上彼を制御しなければならない」
「それは分かります。なぜだか勇者は私を頼ったわ。何か心当たりはある?」
そう、私にはこの一点が見えてこない。祖先伝来、血の繋がりだけというなら他に適任者がいておかしくない。
「奴を信じるならば疑わず使いこなすべきです」
アルベルトは答えてくれなかった。
そしてまたもや周囲が騒がしくなってきた。
ハランドが戻り状況を説明する。
「城内に侵入者。今回は確実に中です」
「何者だ」
「恐らくサキュバス。兵士が生気吸い取られ正気を失っています」
「そうか」
不測の事態、だがアルベルトは冷静さを失わない。
サキュバス? あの悪魔の一つ?
「適任者、貴様だなハランド」
「はい、許可を。炙り出し八つ裂きに致します」
「待って」
二人に割って入り告げる。
「悪魔相手ならあの魔法使いを使いましょう」
「なるほど、ですが来たばかり。信用するのですか?」
「ゴーレムを見せつけたけれど使わなかった。信用してよいでしょう」
様子見も含め頷くアルベルトに更に告げる。
「あなたとハランド、魔法使いで対処して下さい」
淀みなく話すと、アルベルトは微かな笑みを浮かべ首肯した。
「了解致しました。クロウ殿をお呼びします」
アルベルトとハランドに代わりクロウがやって来た。三人は言葉も交わさず視線もまた同様だった。
クロウと二人きりの執務室。
全てはここから始まりそして終わる。
「クロウ・レッドフィールド。聖王国の第五王女としてあなたに最後の役目を申し付けます」
「なんです仰々しい。なんでも承りますよ」
笑顔も交えクロウは軽さを演出するが、もうその手には乗らない。皆私を試し過ぎた。
「情報分析官としてあなたは現状をどう考えます。アルベルト・タランザは既に敗北していると言いました。ではなぜ戦うのです。聖王国の勇者は、裏切り者は許さないと出立しました。そして私に後事を託し俺はそんなに暇じゃないとも言った。見解を聞かせなさい」
笑みを浮かべていたクロウの表情に影が差す。貧乏貴族の次男坊は今、私という主人から決別を告げられた。この男なら気づいているだろう。
「さいですか。では致し方ない、ルナリアを語るには些か情報が足りませんがよろしいのですね」
構わないと私は頷きもしなかった。受け取り、クロウは気の毒な主人に言って聞かせるよう口を開いた。
「戦況を俯瞰するまでもなく、事実は事実として存在する。それを皆知らない。負けたのは北ルナリア。と言ってもこのルナリアの北方ではありません。本来ルナリアとは南北連なる巨大な大陸を指す名称。我々があるのは南ルナリアにあたり、これは異世界地球という惑星の、南北アメリカ大陸に地形が酷似しているらしい」
異世界ときたか。異世界転生者。殺戮勇者。そして魔法使い。魔王と魔族の群れ。知らないことばかりだが事実は事実として存在する。
「分断統治の名の下に人食いの化け物が大手を振る。なぜ北ルナリアは壊滅したのか。それが全ての始まりです」
クロウは述べてから、いずれ勇者も話す事実と付け加えた。首肯し恐らくそうだろうと私も納得する。
「力で支配したのではない。という事実は分断統治という手法から明らか。これは内部の対立を煽り、或いは分断させることで成す一つの統治、支配の形態。異世界の帝国古代ローマ、或いは大航海時代以降使われた帝国主義の名残りらしく、過去を遡れば我々の歴史にもあるでしょう」
裏切り者はカラクーム山脈の東、我が聖王国の中にもいる。勇者が示唆したものと一致する。
「では実際何が起きたか。どうも魔王魔族の軍勢はお題目として自由・平等・博愛、付け加えるなら人権・平和という概念を用いたらしい。と、ギルドの幹部連中は言っていた」
情報筋まで明かすの。やはり私の意志を読み取ったのね。
しかし我々に名残惜しさ感じる余裕はない。感慨に耽る時間があるのなら、事の終わりを認めてからだ。
「妙な話とご理解いただけたでしょう。人食いの化け物、魔族と魔王が自由・平等・博愛・人権・平和を謳うのは片腹痛い。だが事実北ルナリアは陥落した。次は我々南ルナリアです」