第27話 アルタニア城事件11 騎士と謀略2
二人して謀っていたというの。
「どういうつもり。一人で護衛が務まると言うのね」
「そうかもしれません。が、大事を話すに若造は必要ない」
答えになっていない。私の安全より大切な話があるということ?
アルベルトは更に続ける。
「戦況を報告致します」
「え……」
思わず声が漏れてしまう。戦争は始まったばかりで、勇者もこの昼に出立したばかり。どういうこと。
「大きな動きはまだありません。首都防衛はオーランドの指揮により完了。籠城戦にはなりません。防衛ラインは三つ。三国それぞれを迎撃します」
「軍事はお任せするわ」
「必要な報告です。嫌でもお聞きいただく。慣れていただかねば我々が困る」
頑とした態度は正に戦場帰りを連想させた。
そして今、彼は明らかにおかしなことを言った。
「大きな動きはないのに報告するというのね」
「そうなります」
「三国それぞれを迎撃すると」
「そうです」
どう迎撃すると、防衛ラインはどうなっているというの。相手方の戦力、或いは動機、戦争に踏み切った理由すら私は把握していない。
「では報告して下さい」
「送りつけた使者は都市国家クラハントのみ相手方が受け入れました。あちらから正式な宣戦布告が届いております」
宣戦布告……正規軍を用いたクラハントは首都に最も近い勢力。アルタニアから見れば西に当たる。
「西と東のエスターナは使者を拒絶。正確には危害が及ぶようなら魔法弾を撃ち込んでおけと指示しておりました。確かに届けたとの一報」
使者は危険な役割だ。命を取られることもある。戦奴の解放も目的とした勇者であるなら、無駄に命の危険をさらす真似はさせないだろう。
だけどやっぱりおかしい。
「そうですか。分かりました」
「本当に理解されておりますか」
「人を試していることは理解しています」
「つまり、クロウから何も聞いていないということですね」
クロウを呼び捨てにした。何か意図あってのものかと思ったが、それならレイモンも「勇者」と敬称をつけていない。本人の前と使い分けている。私とて同じか。
「何を仰りたいのか分かりません」
「左様ですか。失礼致しました。結果はいずれ出るので先に報告しておきます」
どうぞと鷹揚に振る舞う。
「クロウ殿は折を見て帰国するおつもりでしょう。城内を探り過ぎです。恐らく本業ではない」
「そうなのね。よく知らないわ」
「そうですか。ありえませんが心に留め置きます」
アルベルトの視線は冷淡だ。これが彼の本性か。まるで無礼だが、職業的性質かもしれない。騎士アルベルトは続ける。
「彼はともかく戦況です。西に位置するクラハントはまず攻めて来ない」
「希望的観測は必要ありません。あなたのことはよく知らないけれど、らしくないわ」
「ですので攻めて来ません。来ても勝てません。お分かりか」
これは騎士学校の授業なの。まるで生徒と指導者のようだ。まだオーランの方が配慮があった。クロウですら多少の遠慮は弁えている。
「分からないわ。三国が攻めてきたのでしょう。宣戦布告してきたのなら、クラハントと交戦するのは確定したのではなくて」
「確定したのは我が国の主権です」
アルベルトは窓に視線を向けた。それから壁伝いに視線を巡らせる。忍びの者でも警戒しているかのようだ。
「ごめんなさい、主権が確定したとはどういうことです。ここは今、勇者が仮の統治者で正式にアルタニアなのでしょう?」
「そうです。クラハントがそれを認めました」
アルベルトの返答を待たずともさすがに察した。これはおかしい。違和感の正体が見えてくる。
「でもそんなのおかしい。認めてしまったら……いえ認めさせたのね」
計略。勇者や彼らがあらかじめ仕込んでいた謀略なのだ。敵国が主権を認めれば、実際はともかく体裁と印象は地に落ちる。東のラウルを始め、我が聖王国ナルタヤとて参戦しかねない。
新生アルタニアを守護する為に。
なぜなら、アルタニアと聖王国は同盟関係にある。
周辺諸国も一部を除き皆同盟国。
この状況下において必要なのは我々新生アルタニアの否定だ。
だがそうしなかった。
つまり彼らは戦争の正当性を放棄した。
だからーー都市国家クラントは攻めてこない。
奥歯を噛みしめ、それでも堪え言とする。
「クラハントの宣戦布告は事実上の降伏なのね」
「少し違います。彼らは友軍、公ではない同盟関係とお考え下さい」
冷めたアルベルトに対し私の頬は紅潮しているだろう。なんてこと、勇者は全て知っていたのだ。違う、仕組んだ上で出立したのだ。
ーー奴らは俺の言うことを聞くしかない。
この言葉に偽りはなかった。
では東西エスターナは? 勇者の標的は両国ということ?
「残る二か国を目的とした戦争をあなた達は画策したのね」
「いえ違います。可能性は危惧していましたが、想定からは外れています」
アルベルトはここで、実につまらないといった表情を浮かべた。