第26話 アルタニア城事件10 騎士と謀略
魔法使いですら驚いたらしい。だが、気圧されんとばかり彼女はフードを上げクロウに詰め寄る。短かく刈り上げられた髪が逆立つようだ。
「言えないとはどういうことだ……!」
「軍機だ。最高司令官の次の責任者は勇者。責任者がどこにいるかなど、軽々に話す馬鹿はこの城にいない」
「ここにいないとさっきの男は言った!」
「方便だ。ゴーレムを仕舞え」
「貴様に命令されるいわれはない!」
「勇者の代理に楯突いて、貴様アルタニアと勇者を敵に回すというんだな? いいだろうやってやる。殺戮勇者は女子供とて容赦しない。無論我々も容赦など持ち合わせてはいない」
クロウの言には確かな圧力があった。彼の意外な一面を垣間見ている。いや、執務室で見たそれの延長か。魔法使い、ゴーレムからも気迫が感じられなくなった。
辛うじてといった感を漂わせ彼女は口を開いた。
「確かなのか」
「先程から言っている。今は会えない。いずれ取り次ぐ」
「どうすれば会える?」
「おとなしくしていれば特段支障はない。さっさと仕舞ってゆっくり休むといい。かなりお疲れでしょう」
一転、クロウは優しく労うよう言葉をかけた。彼女はそれに折れたのか、膝を突き地に伏せた。そしてポツポツと零すよう述べる。
「遠く会いに来た」
「そうでしょう。今晩はゆっくり休んで下さい。城内に部屋を用意します」
冗談よね。魔法使いを城に入れるの!
「戦っているなら私も加わりたい」
「取り次ぎます」
「どうしても無理なの……」
「残念ながら。勇者と敵対したいならその限りではありません」
魔法使いが全てを受け入れる様を、私はこの目で確認することとなった。
クロウに諭され彼女はゴーレムを仕舞うと、誘われるまま城門をくぐった。
その時のクロウの横顔は無とも言うべきものだったが、何か一言呟いた。聞き取ることは出来なかったが。
「やはり使える男だったか」
アルベルトのそれだけは確かに聞き取れた。
振り返りアルベルトを確かめる。城壁の回廊には等間隔に松明が灯され、全てが暗く陽炎のようだ。彼の表情がうまく見て取れない。
「使える男とはどういう意味です」
つい先程無様を晒した騎士アルベルトに問いかける。
この男一体……。
「言葉のままです殿下。兵士共には随分軽く見られていたようですが、意図的なものでしょう。もはや隠そうともしない。あの男は何者です、システィーナ様」
彼の声色は今までとは違う。まるで別人。人を試し選別するような色を帯びている。
「あなたこそ何者なの?」
「アルタニアの騎士アルベルト」
「知っています」
「勇者からクロウ殿の動向を探るよう命じられています。戻りましょう、もうここにいる意味はありません」
返答も待たずアルベルトは踵を返した。再び先導するよう回廊を進んでいく。ハランドと共に慌てて後をついていく。
「どういうこと? クロウを信用していないの? まさか裏切り者というつもり……」
「何も知りません」
アルベルトは足早に階段を降りていく。私のことなど構いもなく。
「素性は聞いております。貴族らしいと。騎士団にも問い合わせましたのでそれはいい」
なんなのこの男。無様を晒したあれは何? まるで全て演じていたかのよう……いや、演じていたのだ。今確信した。
「騎士団と接触したというの?」
「それ以外誰に確かめればよいのです。レイモン様ですか。それとも商会。或いはラウルのお連れでしょうか」
何もかも知っている。盗み聞きしていたのか。
「聞き耳を立てていたわけではありません」
先回りするようアルベルトは言い切った。
城門から離れさっさと執務室へと向かっていく。
「奴は勇者と会おうともしなかった。会うと都合の悪いことでもあるのでしょう。それはいい。しかしなぜと普通は勘繰ります」
「勇者がそう言ったのね」
「言われずとも疑うのが私の仕事。殿下は優秀な部下をお連れした。よくも聖王国が認めたものです」
クロウが出来る人物と知って人選したわけではない。むしろ切れる者は避けたいと考えていた。だからレイの「クロウ辺りが適任だと思います」という進言を受け入れたのだ。
レイモンは知っていたのだろうか。
アルベルトは真っ直ぐ執務室へと向かいそのまま扉を開いた。
クロウもいない、身内が一人もいない執務室。それでもどこにも行き場はない。それが私の選択であり、ここが私の戦場だ。
見張りの衛兵の礼を受け扉をくぐる。
無駄に豪華な執務机に腰掛け、しかしひと息つく暇もない。
クロウはまだ戻らない。それを知ってかアルベルトが口を開く。
「殿下は状況を理解しておいでか」
無礼な物言い。まるで試す資格があると言わんばかりだ。
「アルベルト、あなた一体何者なの」
「自己紹介はすませました」
「詳しく聞かせなさいと言っているの」
負けず鋭く告げると、アルベルトは同じく入室したハランドに声をかけた。
「ハランド、周囲を見張れ。聞き耳を立てる輩がいれば斬って捨てろ」
「承りました」
氷のように冷たい顔をしたハランドがそこにはいた。若者のそれとは思えない容赦ない冷たさを宿し。