第25話 アルタニア城事件9 勇者の魔法使い2
城門近くに人だかりが出来ていた。
騒然としているが、注目を集めるのは一人の男と一人の女。まだ若く、華奢な身体にくたびれた旅装束をまとっていた。フード付きで表情は窺い知れず会話も聴き取れない。
近づきたいが皆私達に気付かない。
すると、
「持ち場に戻れ! 戦場で戦う同胞に恥ずかしくないのか!」
アルベルトが衛兵達を一喝し、ようやく我々を認めたらしい。皆敬礼しすごすごと持ち場へと戻っていく。
勇ましいだけが取り柄か。扱いの難しい人物だ。レイモンが恋しい。レイならこの男でも使いこなすのだろうか。
とにかく今はゴーレム。
アルベルトが頷き、城壁内の回廊へと先導する。声と表情、どちらも確認出来る場所はあるだろうか。ゴーレムにも興味が尽きない。
ランタンと松明、階段を上っているとアルベルトが壁を指差した。
「本来ならここから外が窺えます。狭間、銃眼がありますので」
ハランドはランタンを近づけるが壁しかない。少し色は違うけれど……。
「もしかして……」
「ゴーレムです。城壁に取り付いています」
なんてことを。事実なら攻城兵器と変わらない。違う、意思を持つ攻城兵器がすぐ傍にある。
ハランドが現実に気付きランタンを震えさせた。暗闇の影が左右に揺れている。
「こちらです」
一度目にしているからか、アルベルトは躊躇いなく先へと進む。一国を預かる最高指揮官が赴くのは危険。
ーー軽率ではありませんか。
クロウの言葉が胸に響く。だけど今更戻れるものか。アルベルトやクロウが身体を張って、私が逃げてどうする。
誘導されるまま回廊を進み、狭間から外が見られる場所にたどり着いた。
アルベルトが確認した後私も続く。
想定以上の光景だったーー
城壁の高さに届くゴーレムが堂々城門前にそびえ立っている。土壁のそれは黒く沈むような塊だった。
つまり一体を城壁取り付かせ、もう一体を交渉カードに使っている。
闇夜に存在するその様は魔界を連想させた。
「信じられない……」
「お静かに。あちらにも聴こえます」
アルベルトに指摘されゆっくり頷き口をつぐむ。
これが南方の魔法使い、肩書きに偽りはないらしい。アルベルトの慌てようも今なら理解出来る。
だけれど、ならクロウのあの泰然とした振る舞い、自信はどこから来るというの。
続けてそっと二人を見やる。
声は小さく聞き取りづらい。こればかりは仕方ないと思っていたら、アルベルトが貝殻のような物を取り出した。耳に当て使えということらしい。素直に受け取る。
「嘘をつけ! さっきの男はここにはいないと言っていたぞ! いるのかいないのかどっちだ!」
女の高圧的な声が聞き取れた。なるほど便利な代物だが、彼はこれを持ち歩いていた?
そっと疑念の目を向けるがアルベルトの表情は変わらない。
「行き違いです。いないのならどうせ会えません」
「さっきから言ってるだろう! 勇者殿はどこへ行った! 私はそこへ向かう!」
魔法使いの目的はどこまでも勇者らしい。あいつまた何か仕出かして、恨みを買ったんじゃないでしょうね。把握出来ていないことが多すぎる。
興奮気味の魔法使いに、それでもクロウは冷静だった。表情こそ見えないが声は落ち着いている。
「ご用件はなんです?」
「加勢に来たと何度も伝えた! いい加減にしないと無理矢理にでも城に入る!」
なんて強引な。この城にはいないのに。
「やめましょう。勇者の心証が悪くなるだけです」
「嘘をつくお前らに言われたくはない!」
「では後日お引き合わせしましょう」
「今会わせろ! その為に来た!」
「無理です」
「なぜだと訊いている! ここにいないならそちらへ向かう! いい加減にしろ!」
その一言で、城門前にあるゴーレムがずずっと音を立てた。本気でこじ開けるつもりなの? 魔法使いは平静を失っている。いや、そもそも城が目的かもしれない。
ここにいては危ない。私だけでなくクロウや皆もそうだ。誰か対処出来る者を用意しないと。でも、私はそれすら知らない!
「なぜって戦時だからに決まっている」
「だから加勢に来たのだ! 疑う気か、無礼な奴め!」
魔法使いの怒りがゴーレムを通して伝わってくるようだ。闇夜にそびえる様は迫力なんてものではない。
「疑うのも仕事です」
「知ったことか!」
「勇者には会えます。おとなしくしていれば」
「誰に命令している! 貴様何者だ! 名を名乗れ!」
クロウの肩が目に見えて沈んでいく。
「ですから私はアルタニア最高本部付き、勇者殿の指示によりこの城の防衛を任された者」
「肩書きを訊いている。名は!」
「だからクロウです。最高司令官補佐」
「ならば知っているだろう、勇者殿はどこだ!」
「言えるわけないだろう!」
突然のことだった。クロウの怒声が闇夜に響き渡ったのは。