第21話 アルタニア城事件5 初狩りの勇者
「アルタニアの王族共は殿下のご先祖を追い出した不逞の輩です。ザクザクいっときますか」
「あのねクロウ、そうしない為レイモンは一芝居打ったのよ?」
「知ってます」
「……ザクザクもサクサクもしません」
「そうですか。それで城の連中が納得するか、かなり怪しいところですが」
まるで明日の天気の良し悪しを話すよう。彼にとってはそれほど他人事らしい。けれどそう、城の兵士も国民も、奴隷として虐げられていた人々も容易には納得しない。
「何か策はある?」
「何もしないことです」
「あなたが言い出したんじゃない」
「何かする気なら殿下は思い違いをされている。まあ侍従ですので色々考えるわけですよ」
公然と試したわけか。
全く本当にこの男は……。
「何もしません。せめてレイがいないと」
「ダメですよ。王子は値札を付けてましたが、それもこれも勇者あってのものです」
レイは価値を測っていたのね。道理で熱心だった。
「じゃあ次にすべきことは?」
「城の防御、兵站の確認、防衛戦と戦況」
「軍事はオーランに任せます」
「左様で。でしたら各騎士団の処遇。教会と商会、内部の反乱分子への対応。クーデターへの恩賞。エトセトラエトセトラ」
言い出せばキリがない。
差し迫った問題は騎士団の処遇か。教会は用があればこちらに来るはずだ。商会も同じく。
考え込むと、
「よくよく考えると敵だらけですね」
「そうかしら」
「勇者の行状はわざと敵をつくるかのようです」
言われてみれば。計算なのか性格なのか。場当たり的だったらどうしよう。なぜ私が尻拭いのような真似を。
「冒険者ギルドまで敵対してる。野郎だって冒険者だったでしょうに」
「そう、それはどうしてなの?」
「さあ、気に食わなかったんじゃないですか。お互い」
それだ。お互い気に食わなかった。なぜ?
冒険者にとって魔族や魔獣が跋扈するこの世界は心地良い。勇者はそう言っていた。
それは勇者も変わりないのでは?
成り上がってから対立する何かがあった。或いは元から対立していた。奴の経歴はどうなっている。
「ま、考えても仕方ありません」
「嘘はよくないわ。原因を知っていますね」
「まさか」
クロウは肩を竦めるが通用しない。
「何があったかは知っているのでしょう?」
上目遣いで探りを入れると、クロウは下を向いてから屈み込んだ。腰掛けている私と視線は平行だ。
「嘘か実か定かじゃありません。よろしいので」
「ええ聞かせて」
「では。野郎は自ら名乗りを上げ聖王国の勇者となりました。その際経歴を出す必要があったんですがね、ギルドが渋った」
「最近の話ね」
「つまりそれ以前から敵対してます」
根深いということか。
「冒険者ギルドは悪い噂が絶えない。ならず者の集まり、なんて口さがない奴は言います」
「そう。でもそれを言ったら……」
騎士団も商会も、教会だって一皮剥けば似たようなもの。私達王侯貴族とてそうだ。
「どうも勇者は使える冒険者の邪魔をしていたのではないかと、そう聞きます」
「どうして?」
クロウはここで息を潜め周囲を見渡した。耳をすませ狐のようだ。
「仮の話と聞いて下さい。繋げて考えると、奴は転生者とやらを仕留めていたのではないでしょうか」
「転生者……」
「初狩りのならず者。身内殺し。ギルドの中ではそう言われています」
どこからそんな話を仕入れたのだ。
「で、付いた異名が殺戮勇者」
「そこから来ていたの。私はただそう思っただけだったのに」
「野郎は一筋縄じゃいきません。事実ならただの人殺しです」
「転生者についてあなたは知っているのね?」
ここでクロウは一息ついた。
「残念なことにそれを勇者が殺してるんですよ」
「どういう……」
「どうも不思議な力を持つ奴はいたらしい。けどことごとく勇者が狩っている。そんなことしてたらそりゃ魔王に付きます」
それなら身から出た錆を洗わされていることになる。そんな馬鹿な話があっていいの?
「でも、でもレイモンは……」
「なんです?」
ダメだ、これは言えない。私達の機微に触れることになる。いくらクロウでも話せない。
「どうも知っていたようなの」
はぐらかすと、
「そうですか。そりゃ知識ぐらいはあるでしょう」
クロウは他愛ないことと判断したらしい。
「さて殿下、それでも勇者に付きますか」
「今更どうしろと言うの?」
「お送りしますよ」
全く、それが出来たら苦労しない。何よりそのつもりもない。
「クロウ、一つ知っておくといいわ」
「なんです」
一つ指を立て断ずる。
「勇者は細かいことは気にしない。問い質せば経緯から何から、すらすら話す。特に私には」
自慢気な私を見て貧乏貴族の次男坊は口を曲げた。
ある種爽快。
さあ話は終わった。仕事に取りかからねば。