第20話 アルタニア城事件4 王女の覚悟
オーランが去り静けさに包まれた執務室で、
「木偶?」
私は一言呟いた。
恐らく黒魔術を使った機械人形のことだろう。だけれど、機械人形なのに木偶呼ばわり。
それでいて覚悟しろと言い残した。
意味は分かるが、使えるかどうかが分からない。そもそも勇者から何も伝え聞いていない。
「どういう意味かしら」
「使うな。使うなら覚悟しろということでしょう」
クロウの解釈は私と変わらなかった。
今執務室には二人しかいない。他にすべきことはあるが、今はクロウの立場を考慮した振る舞いが要求されている。
「木偶とやらについては調べましたか?」
「物は見ました。一見人型ですがかかしと変わりません」
「木製ということね」
「そうなります」
それでも遠目で見れば見分けはつかない。五万となれば迫力もあったろう。
「今はどうなっていますか」
「都市国家ラウル、東の守りに使っているようです。この城にもかなり残っていますね」
用意周到とはこのことか。挟撃はさせないと手を打っている。つまりは使えるということだが、私には向いていない。いや、教会を刺激するため使うなとも取れる。
勇者だけでなく新生アルタニアの武人達も侮れない。
これなら自分の役割に徹することが出来そうだ。
「クロウ、あなたはこれからどうするつもり」
「お言葉ですが殿下、今なら引き返せます」
予想通りクロウは慎重だ。彼が博打に乗る理由はない。だけれど、それだとおかしな点が一つ出てくる。
「ならどうしてレイモンを止めなかったの」
「首に縄でも付けろと仰いますか」
「いざとなればそうするべきではなくて?」
「出来ません。それに勇者が許さないでしょう」
やはり正確に状況を把握している。勇者は私の代わりとしてレイモンを指名している。クロウは全て知っているのではないだろうか。
「勇者の意図はなんでしょう」
「さあ、戦争に勝つためならなんでもする。そんなところかと」
「もう少し踏み込んで欲しいのだけれど」
「殿下、繰り返しますが今なら引き返せます」
上からクロウに見下ろされると迫力がある。これまでの軽さはもうどこかに消え失せた。
「そうはいかないわ。せめてこの戦争の行く末は見届けないと」
「お気持ちは分かりますが、形勢不利となればどうします」
「あなたに任せます」
「殿下、もう不利です。これは政治的に不利だ」
横に並んでいたクロウが正面へと回った。
「正統性などでっち上げかもしれない。しかも我が国の勇者。正式な許可もなく勝手に仕出かした」
「そうみたいね。王国騎士団の人間と話したいわ」
「護衛に付かせるなら賛成です。帰路を奴らに任せれば私も心強い」
どこまで本気なのか。先程から私を説得しているようだが、どうも腑に落ちない。
「どうしてそんなに戻りたいのです」
「私はなんの許可も取っていません。まず間違いなく罰せられる」
「取りなしましょう」
「無理ですよ」
クロウは苦笑し私の程度を突きつける。
「なら手土産が必要ね」
「いえ無事が第一です」
「なるほど。手土産と共に無事に帰ればギリギリ許される、ということですね」
「殿下……」
「素直に仰い。今帰りますとなって困るのはあなたよ?」
条件めいたものを突きつけると、
「情報は得ました」
クロウが口を滑らせた。しばし沈黙を用いると本人も察したようだ。
「殿下、お人が悪い」
「いえ、その情報が必要なのです」
彼の嘆息は可笑しいほどわざとらしかった。
「そうまで仰るなら仕方ない、話しますが俺の立場を考慮してくれるんですね?」
元に戻ったクロウの軽さが伝わり、私の心を軽くする。
「あなたがいてくれて良かった。お互いベストを尽くしましょう」
「言葉でお願いしますよ殿下」
「あなたの立場精一杯考慮します」
はっきり言葉にするとクロウは、
「分かりました。じゃまず王族共どうします?」
重いことを軽く言い放った。




