第13話 列に並べよ
勇者は一人の男を指名した。
縛られた男を衆目の中心に引きずり出し、眼前から見下ろしている。
「お前が主犯だ」
勇者の声はかろうじて届く。だが、男の声は届かない。
「言いたいことがあるなら、もっと腹から声出せよ」
「命乞いなどせん!」
呼応するよう男が叫ぶと、観衆が沸き立った。
もう、言わずとも理解した。
彼がアルタニア国王その人だ。
国王は続ける。
「よいか者共! これが貴様らの選択だ! 魔族と戦い領地を死守した者を、排せんとする貴様らの選択だ!」
魔族との戦い。アルタニア王としての自負が発露している。
「得体の知れぬ化け物を排するに、得体の知れぬ化け物を招き入れた! 次に矢面に立つは貴様らだ!」
観衆が一転黙り込んだ。彼らとて、勇者の何もかもを知りはしないだろう。私もまたその一人だ。
「愚か者の末路と嗤うがいい! 次は貴様らだ! 報いは必ず訪れる! 列に並べ! 列に並べ無知蒙昧な愚民共! もう逃げ場はない! そして気づけ、己の程度を! 思い知るがいい、その愚劣さを!」
国王の言葉が民衆に突き刺さる。少なくとも私にはそう見えた。なぜなら、あれだけ騒がしかった彼らが静まり返ったままなのだ。
だが、
「抜かしたな元国王。よく言った」
勇者は愉悦に浸るかのようだ。
「彼らが矢面に? 貴様らのままならそうだろう。列に並べ? 並ぶのは化け物共だ。民衆の程度? 抑圧していたのはどこの誰だ」
「異端者が! 地獄へ堕ちろ! 民衆を巻き添えに業火を味わえ! 我々だからこそ戦えた、防ぎきれた! 悪魔が! 化け物は貴様だ!」
国王の怨讐は留まることがない。永遠に怨嗟を吐き続けそうだ。もう見ていられない。
だって、だってそこに、確かな差別意識が含まれているのだから。
階級社会の頂点、その末席に身を置く者が、彼に嫌悪することが許されるというの?
私には彼を非難する資格などない。
「諸君聴いたか、これが奴らだ。化け物よりも厄介な存在、それがこいつらだ」
「黙れ異端者!」
「黙るのは貴様だ……!」
勇者が初めて声を荒げた。
「無能な統治者が国を滅ぼす。さながら崖から飛び降りる先導者。お前はレミングか、それとも羊かペンギンか」
「黙れっ――」
国王が喚き続ける中、勇者がこちらに身体を向ける。ついに来た。
「ご裁断を」
その言葉を皮切りに、民衆は再びざわめき始める。
およそ強い支持を得られたものではない。
民衆は熱に当てられ、流れに身を任せていただけなのだ。
当然のこと。彼らはまだ、魔族に蹂躙されたわけでもない。領域はエストマ三国が食い止めている。
「どうしろと言うの……」
「生け贄を」
躊躇う思考に食い込むよう、レイモンが言葉を発した。
「生け贄なんて、私には選べない」
「言葉を間違えました。処罰です殿下」
「なんの為の」
「戦う者達の為に、ご裁断を」
その言葉に、改めてレイモンを見やる。視線は真っ直ぐこちらを捉え、離さない。
「大丈夫だよ姉様。協力者がいなければこうはならない」
「誰なの。私はそれを知らない」
「周りを。僕らを護衛する彼らです」
思わず周囲を見渡すと、確かに騎士がいた。護衛の数がこんなにいるなんて、私は一体なぜ気づかなかった。
そして、その誰一人として私を見ていない。警備に集中し、周囲を警戒している。
――優秀な人材はこの国にもいる。
勇者の言に偽りはなかった。
だけど……それでも私には、
「ダメ、出来ない」
「そうでしょう。ようござんす、勇者にやらせましょう」
意図を汲み取りクロウがあえて強く主張した。
それでもレイモンは譲らない。
「黙れクロウ」
「出来ません。殿下が苦しんでおられます」
「議論はしない。姉様、僕に頷いていただけますか」
「やめときましょう。今なら引き返せます」
これでは板挟みだ。違う、勇者がいる。
あいつが私を巻き込んだ。
私はここに、何をしに来たのだ。
アルタニア国王を血祭りに上げる。その儀式に参列する為にここに来たのか。
哀れな王族が列を成している。疲弊し絶望に陥る王女や姫達。その運命の手綱を私が握っているというの?
「レイ、私には出来ません」
「分かりました。僕がやります」
「王子、ちっとしゃしゃり過ぎじゃありませんか」
クロウの制止をレイモンは一顧だにしない。
「姉様、僕に向かって頷いて下さい」
「それで彼らは助かるの?」
「さすがは王女殿下。よく仰った」
クロウに賛辞されても、何も感じない。私はただ、命を奪う決断を下せないだけなのだから。
きっと強い反発を受けるだろうと私は身構えていた。なのに、
「姉様、よくお分かりですね」
レイモンが微笑を湛え私を見ている。
咄嗟のことで意味が分からない。レイは何を言っているの?
「頷いていただけますか?」
「どうして?」
「頷いていただければ、結果は出ます」
答えになっていない。でも、誘いに乗ることしか私には出来ない。きっとレイモンならうまくやる。そう、昨晩勇者と話を付けている。そう、そうに決まっている。
だから私は頷いた。無言でただ、可愛い弟、第七王子のレイモンに向かい。
受け取ったレイモンが悠然と口を開いた。
「代表し応ずる。王に裁きを! 極刑を許可する!」
「仰せのままに」
――深く頭を垂れた勇者の姿は、誰もが忘れられないだろう。
深淵を思わせる不敵な笑みは、神をも恐れぬ証のようであった。
広場が鮮血に染まる。
遠くで野鳥が鳴いていた。
王の死を嘆くよう、王の死を歓迎するよう。
儀式が終わっても、私は目を逸らせずにいた。
赤い何かが、両の眼に焼きついて離れなかった。




