表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺戮勇者の使い方  作者: 文字塚
1章 殺戮勇者とアルタニア
13/59

第13話 列に並べよ

 勇者は一人の男を指名した。

 縛られた男を衆目の中心に引きずり出し、眼前から見下ろしている。


「お前が主犯だ」


 勇者の声はかろうじて届く。だが、男の声は届かない。


「言いたいことがあるなら、もっと腹から声出せよ」

「命乞いなどせん!」


 呼応するよう男が叫ぶと、観衆が沸き立った。

 もう、言わずとも理解した。

 彼がアルタニア国王その人だ。

 国王は続ける。


「よいか者共! これが貴様らの選択だ! 魔族と戦い領地を死守した者を、排せんとする貴様らの選択だ!」


 魔族との戦い。アルタニア王としての自負が発露している。


「得体の知れぬ化け物を排するに、得体の知れぬ化け物を招き入れた! 次に矢面に立つは貴様らだ!」


 観衆が一転黙り込んだ。彼らとて、勇者の何もかもを知りはしないだろう。私もまたその一人だ。


「愚か者の末路と嗤うがいい! 次は貴様らだ! 報いは必ず訪れる! 列に並べ! 列に並べ無知蒙昧な愚民共! もう逃げ場はない! そして気づけ、己の程度を! 思い知るがいい、その愚劣さを!」


 国王の言葉が民衆に突き刺さる。少なくとも私にはそう見えた。なぜなら、あれだけ騒がしかった彼らが静まり返ったままなのだ。

 だが、


「抜かしたな元国王。よく言った」


 勇者は愉悦に浸るかのようだ。


「彼らが矢面に? 貴様らのままならそうだろう。列に並べ? 並ぶのは化け物共だ。民衆の程度? 抑圧していたのはどこの誰だ」

「異端者が! 地獄へ堕ちろ! 民衆を巻き添えに業火を味わえ! 我々だからこそ戦えた、防ぎきれた! 悪魔が! 化け物は貴様だ!」


 国王の怨讐は留まることがない。永遠に怨嗟を吐き続けそうだ。もう見ていられない。

 だって、だってそこに、確かな差別意識が含まれているのだから。

 階級社会の頂点、その末席に身を置く者が、彼に嫌悪することが許されるというの?

 私には彼を非難する資格などない。


「諸君聴いたか、これが奴らだ。化け物よりも厄介な存在、それがこいつらだ」

「黙れ異端者!」

「黙るのは貴様だ……!」


 勇者が初めて声を荒げた。


「無能な統治者が国を滅ぼす。さながら崖から飛び降りる先導者。お前はレミングか、それとも羊かペンギンか」

「黙れっ――」


 国王が喚き続ける中、勇者がこちらに身体を向ける。ついに来た。


「ご裁断を」


 その言葉を皮切りに、民衆は再びざわめき始める。

 およそ強い支持を得られたものではない。

 民衆は熱に当てられ、流れに身を任せていただけなのだ。

 当然のこと。彼らはまだ、魔族に蹂躙されたわけでもない。領域はエストマ三国が食い止めている。


「どうしろと言うの……」

「生け贄を」


 躊躇う思考に食い込むよう、レイモンが言葉を発した。


「生け贄なんて、私には選べない」

「言葉を間違えました。処罰です殿下」

「なんの為の」

「戦う者達の為に、ご裁断を」


 その言葉に、改めてレイモンを見やる。視線は真っ直ぐこちらを捉え、離さない。


「大丈夫だよ姉様。協力者がいなければこうはならない」

「誰なの。私はそれを知らない」

「周りを。僕らを護衛する彼らです」


 思わず周囲を見渡すと、確かに騎士がいた。護衛の数がこんなにいるなんて、私は一体なぜ気づかなかった。

 そして、その誰一人として私を見ていない。警備に集中し、周囲を警戒している。


 ――優秀な人材はこの国にもいる。


 勇者の言に偽りはなかった。

 だけど……それでも私には、


「ダメ、出来ない」

「そうでしょう。ようござんす、勇者にやらせましょう」


 意図を汲み取りクロウがあえて強く主張した。

 それでもレイモンは譲らない。


「黙れクロウ」

「出来ません。殿下が苦しんでおられます」

「議論はしない。姉様、僕に頷いていただけますか」

「やめときましょう。今なら引き返せます」


 これでは板挟みだ。違う、勇者がいる。

 あいつが私を巻き込んだ。

 私はここに、何をしに来たのだ。

 アルタニア国王を血祭りに上げる。その儀式に参列する為にここに来たのか。

 哀れな王族が列を成している。疲弊し絶望に陥る王女や姫達。その運命の手綱を私が握っているというの?


「レイ、私には出来ません」

「分かりました。僕がやります」

「王子、ちっとしゃしゃり過ぎじゃありませんか」


 クロウの制止をレイモンは一顧だにしない。


「姉様、僕に向かって頷いて下さい」

「それで彼らは助かるの?」

「さすがは王女殿下。よく仰った」


 クロウに賛辞されても、何も感じない。私はただ、命を奪う決断を下せないだけなのだから。

 きっと強い反発を受けるだろうと私は身構えていた。なのに、


「姉様、よくお分かりですね」


 レイモンが微笑を湛え私を見ている。

 咄嗟のことで意味が分からない。レイは何を言っているの?


「頷いていただけますか?」

「どうして?」

「頷いていただければ、結果は出ます」


 答えになっていない。でも、誘いに乗ることしか私には出来ない。きっとレイモンならうまくやる。そう、昨晩勇者と話を付けている。そう、そうに決まっている。

 だから私は頷いた。無言でただ、可愛い弟、第七王子のレイモンに向かい。

 受け取ったレイモンが悠然と口を開いた。


「代表し応ずる。王に裁きを! 極刑を許可する!」

「仰せのままに」


 ――深く頭を垂れた勇者の姿は、誰もが忘れられないだろう。

 深淵を思わせる不敵な笑みは、神をも恐れぬ証のようであった。


 広場が鮮血に染まる。

 遠くで野鳥が鳴いていた。

 王の死を嘆くよう、王の死を歓迎するよう。

 儀式が終わっても、私は目を逸らせずにいた。

 赤い何かが、両の眼に焼きついて離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ