第12話 道化と観衆
広場は熱気に溢れていた。人だかりなんてものではない。まるで聖王国祭に繰り出したようだ。
観衆達は、これから起こる残酷なショーが目当てなのだろう。
彼らを見ていると身につまされる思いがする。
私だっていつああなるか分からない。
――アルタニアの王族を連れ首都へと移動。
私達も同行し簡易裁判が行われる。
結論は決まっているのだからさっさとすませて欲しい。そう思っていたのに当てが外れた。
勇者が私達に委ねると言い出したからだ。
知りもしない王侯貴族や高官達、一体どう裁けというの。
困惑する私とは対照的に、レイモンは落ち着き払い受諾した。
道中、レイモンは書類に目を通し何か印を付けている。
私も同じ物を眺めてはいるが判断など出来ない。実感がないのだ。どの罪状も私には無関係。
もし問えるものがあるとすれば、彼らの祖先が私の先祖を追い出した。この朧気な歴史的事実だけだ。
同乗したクロウにやんわり尋ねてみると、
「さあ、うちは代々ナルタヤの出なので」
と素っ気のない回答を寄越した。
素性が明瞭であることは、彼のささやかな自慢なのかもしれない。私の癇に障らぬようすぐに話題を変えてきた。
「で、どうするんです。えらいことに巻き込まれて」
「どうって私達が決めることじゃないわ……」
「それで勇者は納得するんですか?」
「……しないと思う」
「参ったな。あんまり深入りして欲しくないんですが」
言っておいてクロウの顔には他人事だと書いてある。これも癇に障る話だが、こればかりは触れずにいられない。実際彼は巻き込まれているし助言も欲しい。
「勇者の野郎、殿下に責任押し付けやがって。俺は挨拶もしてませんよ」
「クロウ、勇者さんを悪く言うな」
レイモンが目線を下に向けたまま口を挟んだ。指摘されてもクロウに遠慮というものはないらしい。
「ですけど結論は決まってるじゃないですか」
「だとしても悪く言う理由にはならない」
「随分肩入れしますね……」
「さあね。とにかく言葉に気をつけて。少しは姉様を見習うんだ」
「……あいさ」
クロウは不承不承といった感で首を窓へと回す。
私を見習え、か。
昨晩のことがあり、今までのようレイモンを幼い子供と見ることが出来ない。あれはなんだったのだろう。
今のレイモンは平然とし今までと変わりない。
間接的な形にはなったが、愛の告白を受け私の心はざわめているのに。
熱い視線を感じたのか、
「姉様、問題ありませんよ」
レイモンがちらりとこちらを見遣った。
視線が交わることを恐れ、私は手元の資料に目を向ける。そっと置くように一言だけ呟いて。
「そうね。滞りなく進むといいわね」
ーー今私はバルコニーにいる。高台から見下ろすよう、罪人とされた者達を眺めていた。
「諸君これが君達の敵だ!」
勇者の言葉に観衆が沸き立つ。
「諸君らの家族そして友人、仲間を苦しめたのは彼らである! 間違いないな!」
怒声の混じった歓声は増し、熱気がここまで届いてくる。彼らの憤りは本物らしい。
「私達の仇を!」「そいつらを殺して!」「八つ裂きにしろ!」
観衆の怒声と罵声が入り交じる。
「では裁きを与えよう。だが俺の一存というわけにはいかない。と言って長々と裁判を開く余裕もない」
役者のつもりか。それとも扇動者か。勇者のそれは実に堂に入っている。
「この度わざわざ聖王国から首脳が来訪してくれた。諸君らは知っているだろう、あの平和だった時代を」
一転観衆が静まり返った。しんと音が消え失せた。私の心臓まで機能を停止したかのような静けさだ。
それはざわめきへと移り行き視線が一点に、我々へと集中される。
やめて、私は何も知らない。誰からも聞いていない。こうなると分かっていたから、全て勇者に押し付けてしまいたかったのに。
硬直し、それから身体を震えさせる私の隣で、レイモンが悠然と手を振っていた。
観衆の視線を受け止め、勇者の意図を汲み取り泰然と振る舞っている。
「姉様お手を」
そう言ってレイモンは私に寄り添う。身体が触れ合うが今は何も感じない。全てが麻痺してしまっている。
「観られるのも僕らの仕事です。大丈夫、僕に任せて。もう流れは掴んだ」
「……本当?」
「言葉よりお手を」
促されレイモンの顔を確かめる。レイモンは温かな眼で私を見ていた。昨夜のことなどなかったかのよう、私を支えようとしている。
「俺はやんなくていいんですかね」
唐突、クロウが探るよう口を開いた。彼も身の置き場がないのだろう。なんともぎこちない。
「やらなくていいと思う。うちの親戚を騙るならやればいいんじゃないかな」
「んなこたしません」
憮然とするクロウを見てレイモンは可笑しそうだ。自然、硬直した身体と思考が溶け始める。
「ありがとうレイ。クロウ」
違う、言葉より今は観衆に応えることが優先される。
二人の表情も確かめず私は手を振っていた。
さあ勇者、次はあなたの番よ。
道化た自分鼓舞するよう勇者を見下ろすと、あいつは笑みを浮かべていた。
よくやったと言わんばかりに。